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2025年10月01日16:37

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ジャン・チャクムル ピアノ・リサイタル~2/2

(続き)

さて休憩ののち、後半の1曲目は、J・S・バッハ(1685-1750)の有名な無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ。これを左手の練習曲用に編曲したJ・ブラームス(1833-97)の意図はどこにあるのか? 私は、他の何でもない、弾きにくくしたかったのだと思う。
ヴァイオリンは基本的に多声を演奏するのは難しい楽器だ。低音部のシャコンヌの旋律を歌わせながら、その上にアルペッジョやスケール、オブリガート的な要素を乗せて展開していくのは大変に難しい。だが、その困難さこそが、本曲の精神性や宗教的性格を生みだしている、そう私は思う。
一方で、フェルッチョ・ブゾーニ(1866-1924)編曲のシャコンヌなどから思い起こすのだが、ピアノという楽器は多声の演奏はたやすい。ペダルで低音部を活かしつつ、喜遊部のスケールは断然早く弾けるし、アルペッジョも自由自在。
ピアノはこんな事もできます、こんな風にも弾けますという自慢気な表情が、原作にこれでもかと音を付け足したブゾーニ版には現れていて、それがこの曲の深い精神性を失わせる事につながっているのは何とも残念な事だ。
その点、ブラームス版は違う、左手のみで演奏する事の難しさ。それがこの曲の真髄に演奏者を近づける道へとつながっている。

チャクムルはその辺りについてこう言っている、
前略「(シャコンヌの)第3部は全体の中で最も優しく、胸に迫る部分です。鮮やかな情景を描くことの多いバロック音楽ですが、感傷に浸ることはあまりありません。しかしここでは、ほんの1分ほどそのような時間が訪れるのです。一瞬ではありますが、長く心に残る瞬間です。その後の音楽は、深く暗い感情の谷から立ち直るように進みます。そしてバロック時代の変奏曲らしく、最後はシンプルな主題に戻り締めくくられます。ロマン派の作曲家であれば、再現部を大きなクライマックスに仕立てたことでしょう。実際ブゾーニ編曲ではそうしています。私自身は簡素なバージョンの方が好みです。それにこそ、バッハがよく自筆譜の最後に記した"神にのみ栄光あれ"という言葉のように、"起こったことはすべて起こるべくして起こり、それこそが全能の神の意志なのだ"と語りかけてくるように思えるのです」。
しかし、この日のチャクムルのシャコンヌは、何というスピードだっただろうか。ヴァイオリンで演奏する原曲の通例のスピードと比べると、あまりに早く突っ走っていた。もう少しテンポを落とし、1音1音に魂を籠めて演奏して欲しかった。

後半の2曲目は再びシューベルトで、アレグレット ハ短調D915。
この5分程の小曲は、前半の〈4つの即興曲〉D935と同じ1827年だが、8ヶ月程早いタイミングで作曲されている。
自筆譜には「フェルディナンド・ヴァルヒャーを偲んで」とある。ヴェネツィアに赴任する友人との別れに際して作ったようだ。
深い惜別の情が主題に現れ、幾度も繰り返される。
ただ、それだけでなく、この1ヶ月前に限りなく敬愛するベートーヴェンが死んでいるので、ハ短調という特別な調も含めて考えれば、彼への別れの思いも強く籠められているのではなかろうかと感じない訳にいかない。

チャクムルは、今回のプログラムにおいて、「この曲をベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番の前奏曲のような位置づけにしたいと考えました」と書いている。
演奏が終わったあと、彼は立ち上がる事なく、ひと息つきすぐ次の曲を弾き始めた。

後半3曲目は、ベートーヴェンのそのピアノ・ソナタ第21番ハ長調Op.53《ワルトシュタイン》である。
「ワルトシュタイン」とは、この曲の献呈者フェルディナント・von・ワルトシュタイン伯爵の事で、彼はボン時代からベートーヴェンの後援者で、ベートーヴェンを経済的にも精神的にも支えた。
1803年の作曲で、その前年にベートーヴェンは難聴の悪化に苦しみ「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いている。そんな中で、彼は交響曲第3番《エロイカ》やヴァイオリン・ソナタ第9番《クロイツェル》を書いている。苦悩がベートーヴェンを音楽の革新へと立ち向かわせた、そう言っていいかもしれない。

《ワルトシュタイン》を作曲するきっかけとなったのは、1803年に、パリのセバスチャン・エラール社から5オクターヴ+5度(68鍵)の最新型ピアノを贈呈された事だった。直前のアントン・ワルターやヨハン・シャンツのピアノフォルテは5オクターブ+2度(63鍵)である。
エラールの弦は全て3重の張りで、且つ叩く弦の本数をシフトペダルで選べるようになった。
アクションはウィーン式(跳ね上げ)でなくイギリス式(突き上げ)になった。ウィーン式は軽やかなタッチと軽快な音色を得意とする。イギリス式はタッチが重く、重厚な音がする。
結果、音の強弱のコントラストは拡大、《ワルトシュタイン》の楽譜ではディナーミク(強弱)記号がそれ以前の曲より圧倒的に増えたのである。
ベートーヴェンはイギリス式を選択しつつも、タッチの軽さをピアノメーカーに要求した。
現代のピアノのアクションはイギリス式を基本として更に改良を加え、ウィーン式は世の中から消えた。

チャクムルはプログラムノートでこう書いている、
私は「このソナタをスピード競争のように弾くのではなく、和声の気高さを引き出す演奏にできないか」と考えた。
例えばアルゲリッチの《ワルトシュタイン》の出だしの猛烈なスピードには、誰もが驚かされる。
ベトートーヴェンに贈られた当時のエラールピアノは、重厚な音は良かったが、タッチが重く、果たしてアルゲリッチのようなスピードで引けたかどうか?
チャクムルはこの曲で和声の展開の華やかさ、壮麗さの表現に重きを置こうとしている。

後世の音楽学者や作曲家なども、多くが和声展開について語っており、チャクムルもチェルニーの「純粋で高貴な和声の連なりは、合唱に移せば最も厳粛で崇高なコラールにふさわしい」との言葉を引用しているし、またピアノ・ソナタ第23番と比較し「《熱情》が人間的で苦悩に溢れているのに対し、《ワルトシュタイン》はより天上的で、神々しい響きを持っています」と称している。
例えば第1楽章アレグロ・コン・ブリオ ハ長調、4/4、ソナタ形式、その第1主題の打楽器的連打とエコー音形の呼びかけに対し、第2主題はコラール的で和声展開の美しさに溜息が出る。
とは言っても、チャクムルの第1楽章の出だしの連打はアルゲリッチに負けない程早かったのだが。

チャクムルは鳴りやまない拍手に、今回アンコールを3曲も演奏してくれた。他所は知らないが、浜松は特別だろうか?

アンコールの1曲目は何とイギリスのプログレッシブ・ロック・グループ《キング・クリムゾンによる" スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペア― "のエチュード》。これはチャクムル本人の作だとの事。
第2曲目,第3曲目はフランツ・リストで、《巡礼の年》〈第1年:スイス〉より〈ジュネーヴの鐘〉と、同〈第2年:イタリア〉より〈ペトラルカのソネット第104番〉。
シューベルトに愛着を傾けているチャクムルだが、青澤隆明のインタビューに答え、今後リストにも多くの時間を注ぎたいとチャクムルは語っていた。

メディア関係では、現在進行中のBISレーベルのSACDシリーズ「シューベルト+」は大変興味深い。このプロジェクトはシューベルト没後200年を迎える2028年続く壮大なシリーズで、全12枚に亘り、シューベルトの多面的な魅力を探り、前後のヨーロッパ音楽の鉱脈と結びつけていく。
「+シェーンベルク」,「+ブラームス」,「+クレネク(クルシェネク)」,「+ヴォジーシェク+ショパン+スクリャービン」,「+ベートーヴェン」…まだまだ続く。
2024発売の「+クレネク(クルシェネク)」はICMA(国際クラシック音楽賞)2025の独奏楽器部門で審査員賞を受賞した。


〈付記〉
席:1階第5列14番。

〈参考資料〉
プログラム「アクトシティ浜松プレミアム・シリーズ2025〜ジャン・チャクムル」
 執筆 ジャン・チャクムル
 発行 2025年、浜松市文化振興財団

インタビュー「ジャン・チャクムル インタビュー・ノート」
 インタビュアー 青澤隆明
 インタビュー日時 2024.11.5
 発行 2025年、浜松市文化振興財団

インタビュー「ジャン・チャクムル インタビュー・ノート」
 インタビュアー 青澤隆明
 インタビュー日時 2024.11.5
 発行 2025、浜松市文化振興財団

楽譜 全音ピアノ・ライブラリー『シューベルト即興曲・楽興の時』
 編集 千歳八郎
 発行 全音楽譜出版社

YouTube
シューベルト〈4つの即興曲〉D935
 演奏 キアラ・ベルトグリオ
 録音 2012.12.20
Naxos
同
 演奏 マリア・ジョアン・ピリス
 録音 1997.9~10
YouTube
シューベルト アレグレット ハ短調D915
 演奏 ポール・ルイス
同
 演奏 マウリツィオ・ポリーニ
Naxos
バッハ/ブラームス〈シャコンヌ〉
 演奏 ミシェル・ベロフ
 録音 1980年代
 
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