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2025年09月02日23:02

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ETV特集『ヒロシマからの手紙-"原爆"を綴ったアメリカ人たち』~1/4

NHK-Eテレ、8/23放送の「ETV特集」、『ヒロシマからの手紙〜"原爆"を綴ったアメリカ人たち』には、第33代米国大統領トルーマンについて私の積年の理解を覆す中身があり、感動した。
ハリー・トルーマン(1884-1972/任期1945-53)、80年前、太平洋戦争で広島・長崎に原爆投下を命令した大統領である。史上初めての原爆使用だ。
そのトルーマン、そして広島への原爆投下作戦に参加した科学者、原爆投下成功に沸く米国世論に違和感を持ったある女性、残されていた3者の手紙を軸に、核兵器の使用について考える。

この場では、なるべく番組に忠実に記述し、個人的な意見を避けてレポートを試みたい。それが正しい歴史の解釈につながると思うからだ。

・・・・・・

日本の南方2500kmのテニアン島は北マリアナ諸島の1つでサイパン島のすぐ南。太平洋戦争末期、日本に向けた米軍の爆撃機の発進基地となった。

80年前ここに派遣された男、原子爆弾の中心部分(核物質)を2人で手に持つ男の写真が残されている。向かって右が物理学者ルイス・アルヴァレズ(1911-88)だ。

フォト

原爆の父ロバート・オッペンハイマー(1904-67)に才能を見出され、原爆開発・製造(通称マンハッタン計画)に参加した。
彼は原爆の破壊力測定を指示され、広島に向かうB29 3機のうちの1機に搭乗した。
8/6、8:15、広島市上空で、史上初めて原爆が人間の暮らす町で炸裂する瞬間を目撃。そして、テニアンへと戻る飛行機の中で、4歳の息子へ手紙を書いた。

〜米国立公文書館所蔵〜
「8/6、日本の海岸から16km沖、高度8500mにて
ウォルターへ
この手紙は君に宛てた最初の手紙となる。君が大きくなったら読んで欲しい。
この数時間、君やお母さん、そして妹のジーンの事を考えていた。君達と再び会えるかどうかは分からないまま飛び立つのは辛かった。君がこの手紙を読む頃には、我々の任務が世間に知れ渡っている事だろう。
今朝、何千もの日本の市民を殺し傷つけた事を後悔している。
ただ、我々が生み出したこの恐るべき兵器が戦争をなくし、世界の国々を団結させる、その希望が私の後悔を和らげてくれる。」

原爆投下作戦に参加したアルヴァレズが息子に伝えようとした「後悔」、そして「希望」、それは一体どういうものなのか、彼の故郷サンフランシスコのカリフォルニアで、彼をよく知る人物に会う事ができた。
アルヴァレズの愛弟子、物理学博士のリチャード・ムラーだ。あの手紙の宛先アルヴァレズの息子ウォルターとも親しく交流してきた。
大事にしている本、アルヴァレズの自伝を見せ、ムラーは話した。
「彼は多くの人々を救うためとは言え、民間人を殺さなければならなかった事を後悔していました。彼はあの手紙を書こうと思った理由を私に打ち明けました。将来その重大な出来事は決して忘れ去られる事なく議論されるだろうし、誤解されるかもしれない。だから息子には、自分が何をし、何故そうするしかなかったか、理解して欲しかったのです。」

アルヴァレズは20歳代の頃、当時最先端の科学だった核物理学の研究に打ち込んでいた。
転機が訪れたのは、1939年。理髪店である新聞記事が目に飛び込んできた。ドイツで発見された核分裂反応が膨大なエネルギーをもたらす、と伝えていた。
ヨーロッパで猛威をふるうナチスドイツが世界に先駆けて原子爆弾を開発するかもしれない、アメリカが先んずるためには、科学者が力を合わせる必要がある、そう考えたアルヴァレズは、オッペンハイマーが主導する原爆開発計画の一員となる。1943〜44年頃とされている。32〜33歳と計算される。
1945年7/16、原爆の実験。かつてない破壊力を持つ核兵器、原子爆弾誕生の瞬間を彼は目の当たりにした。

完成した原爆の投下に同行するように命じられたアルヴァレズ、息子への手紙の続きには、その胸中も綴られていた。
「私はアメリカを発つ前、まだ決心できていなかった。だが、結局行くしかないだろうと考えていた。少なくともこの10数日はその事を悩みながら眠りについた。」

アルヴァレズは、自ら作りだした兵器が、多くの命を奪った事への後悔を記す一方で、ある偉大な科学者に自分を重ねた。
ダイナマイトを生みだしたアルフレッド・ノーベル(1833-96)である。
更に手紙の続き。
「かのノーベルは、発明したダイナマイトが戦争を防ぐ事に貢献するだろうと考えたが、残念ながら逆の効果を生んだ。
しかし、我々が生みだした新兵器の破壊力は更に何千倍も凄まじいものだから、ノーベルの夢はきっと実現するだろう。
まだ記憶が鮮明なうちに君に話しておきたかったんだ。   愛を込めて、父より」

前掲のムラー博士。
「ノーベルは自分の発明したダイナマイトが戦争を終わらせると信じていました、実現しませんでしたが。
彼の夢はとても恐ろしい兵器を作れば誰も戦争をしなくなるというものだったのです。
アルヴァレズは、核兵器という発明が将来の戦争を防いでくれると思ったのです。」

アルヴァレズが綴った「希望」は科学の進歩が生みだすより強い兵器が戦争を抑止し、世界に平和をもたらす筈だという思いだった。
彼が手紙を書き終えてから半日後、原爆投下を決定した大統領トルーマンがポツダム会議から帰る船の上で演説を行った。
「先程アメリカの航空機が1発の爆弾を広島に投下し、敵の重要な拠点を破壊した。それは原子爆弾である。宇宙の根源的な力を利用したものだ。太陽エネルギーの源である力が、極東に戦火をもたらした者達に向けて解き放たれたのだ。
もし彼らが我々の条件を受け入れないなら、歴史上誰も見た事のない破壊の雨が空から降り注ぐ事になるだろう。」

 〈参〉同演説収録動画 https://youtu.be/4BdWQyoi9rw

開戦から3年余り、降伏しようとしない日本との戦いによる米軍の死者は10万人を超え、米国内には戦争終結を望む声が高まっていた。日本軍が、既に沖縄を失っても構えを崩さない本土決戦ともなれば、それを倍する以上(一説に50〜100万人)の米兵の死者が発生する見通しもあった。
新兵器原爆の出現に米国の世論は歓迎した。
ラジオの声。
「西洋の科学は、今迄知られていたどんな爆弾より2000倍も強力な爆弾を発明した。
日本に落とされたこの恐ろしい新型爆弾は、敵の敗北を早めるだろう。(後略)」

全米が歓喜に沸く中、両親に宛てた手紙に、強い違和感を綴った女性がいた。フィリス・フィッシャーという。
「信じられない、10万人以上の日本人共をたった1発で殺したってアナウンサーが自慢気に喋っていました。
その数字をスポーツの試合のスコアみたいに読み上げていたのです、それは人間の数なのに!
私が身震いしていると、アナウンサー達は爆心地半径1マイルは何もかも蒸発した、とはやしたてていたんです。
私の頭の中のどこかで、こんなの現実じゃない、というかすかな声がずっと鳴り響いていました。」

フィリス・フィッシャーとはどんな女性だったのか、
フィリスの夫レオンは原爆開発に参加した物理学者だった。
イリノイ州シカゴに住むフィリスの孫娘、レイチェル・ロビンズ。
「祖母は私にとっていつもヒーローだったし、祖父は天才でした。祖母はとてもチャーミング。いつも皆が快適に過ごせるように気を配っていました。彼女は料理が下手で、こんなエピソードも…(中略)。」
ダンボール箱を持ってきて、「これらは祖母が両親に書いた手紙や新聞の切り抜きです。数百通はある。」

フィリスの両親への手紙が始まったのは1944年10月、夫レオンの急な転勤がきっかけだった。
「親愛なるママ&パパ
私達は引っ越す事になりました。私も驚いています、どこへ引っ越すのか、私も知らないんです。
信じられないかもしれないけど、レオンでさえも知らないの。
尤も、私が知っていても、ママとパパには言えないんです。」

夫婦が向かった先はニューメキシコ州に建設されたロスアラモス研究所、そこは極秘の原爆開発拠点だった。
レオンはアルヴァレズと伴に原爆の起爆装置の開発を担った。
しかし、仕事の内容を妻に伝える事は許されなかった。
フィリスはロスアラモスでの奇妙な生活を手紙に綴っていた。
「ここロスアラモス研究所の設備は充実していて、劇場、運動場や子供の遊び場があり、学校、ラジオ放送局なども揃っています。ピクニックやダンス、パーティの知らせも見かけました。
私の料理に飽きたら(その可能性は充分あります)、軍の施設で食事する事もできます。
でも周辺に住む人と仲良くなってはいけないし、買い物する時以外は研究所に住む人間同士で行動しなさいと言われています。
つまり私達に許されているのは顔見知りの人に"愛想笑いする"事と"会釈する"事だけ。」


(続く)
 
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