7/26(土)、富士山静岡交響楽団の第132回定期演奏会を聴く。
今回は"初"となった要素が2点あった。
1つめは、会場が静岡市清水文化会館マリナートの大ホールだった事。
私は初めてこのホールでコンサートを聴いた。
収容員数はマックス1513人。
私は1階第15列25番の席だったが、木の壁、床のスロープが良く、音の届き方もステージの見え方も優れていた。
オープンは2018年で、清水港のほとりに建てられた。清水駅からは直通の通路があり、雨が降っても濡れる事はない。
下は会館脇から撮った港の光景。やや風が強く波があった。
2つめの"初"は、ヒンデミットの交響曲《画家マティス》を生で初めて聴いた事。
プログラムは以下の通り、採り上げられる事の少ない曲で構成した意欲的なもの。
指揮 下野竜也
開演前に指揮者のユーモア溢れるプレトークがあった。レポートはそれを加味して行う。
ベートーヴェン 劇付随音楽《シュテファン王》序曲Op.117
モーツァルト ピアノ協奏曲第9番《ジュノム(またはジュナミ)》 変ホ長調K.271
ピアノ 小林海都
〜休憩〜
ベートーヴェン 劇付随音楽《アテネの廃墟》序曲Op.113
ヒンデミット 交響曲《画家マティス》
ベートーヴェンの劇付随音楽の序曲では《エグモント》Op.84がよく演奏されるが、今回の2曲はめったにコンサートプログラムに載せられる事がない。私も生では初めて。
ベートーヴェンは1811年、ハンガリーのペスト市に建設が進められていた劇場の杮落しとして上演される2つの祝典劇のための音楽の依頼を受けた。
ハンガリーを含む時のオーストリア皇帝はフランツ(生没;1768-1835/在位;神聖ローマ皇帝フランツ2世として1792-1806、オーストリア皇帝フランツ1世として1804-1835)。
2つの序曲はこのためのものである。
《シュテファン王》は序曲のあとに9曲の付随音楽、《アテネの廃墟》は序曲のあとに8曲の付随音楽があるが、後者の第4曲が有名な《トルコ行進曲》である事を付け加えておく。
モーツァルトのピアノ協奏曲では、第20番以降が演奏される頻度が高いが、それ以前ではこの第9番が時々演奏される。
1777年に作曲され、いつからか《ジュノム》という愛称が定着した。当時ザルツブルクにやってきたフランス人の女性ピアニスト「ジュノーム嬢」(mademoiselle Jeunehomme)に献呈されたというのがその理由として信じられてきた。
ただそのジュノーム嬢なる人物が一体誰だったのか、長年の謎だった。が、2004年に音楽学者ミヒャエル・ローレンツによって解明された。それは、モーツァルトの友人の舞踊家ジャン=ジョルジュ・ノヴェールの娘でピアニストのルイーズ・ヴィクトワール・ジュナミ(Jenamy)である、と。
「ジュノーム」という呼称は、1912年、テオドール・ウィゼワとジョルジュ・ド・サン=フォワ2人が著わした伝記の中で初めて現れるのだが、彼らがジュナミというピアニストの名を知らなかったため、単に「若者」(jeune homme)という意味で使った言葉であったのだ。
最近のCDや出版物では「ジュナミ」と表記を替えているものが増えてきているようだ。
曲は3つの楽章で構成されている。
・第1楽章 アレグロ、変ホ長調、4/4、ソナタ形式
冒頭オーケストラが呼びかける1小節半の清新なモチーフに対し、独奏ピアノが2小節半のモチーフで返答する。
協奏曲のソロ楽器が冒頭から登場するというのは当時にはなかった革新的なスタイルである。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の先駆けとも言えるだろう。
後半に現れるカデンツァはモーツァルト自身2種類書き残している。
・第2楽章 アンダンティーノ、ハ短調、3/4、ソナタ形式
活気に満ちた第1楽章のあと、この緩徐楽章はハ短調で悲哀と孤独に満ちている。モーツァルトに短調曲は極めて少ないが、20〜21歳の若いモーツァルトに、背景としてどんな出来事があったのか、想像がつかない程の暗い色彩である。
この楽章にもモーツァルトは2種類のカデンツァを残している。
・第3楽章 プレスト、変ホ長調、2/2、ロンド形式
テンポの速いロンド形式だが、途中にカンタービレのメヌエットが挟まれるというのは極めて稀なケース。
第3楽章にはカデンツァ(短いものはアイガング)が2ヶ所あり、それぞれ3種類もモーツァルトは書いている。
モーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァは、第23番のようにスコア中にきっちり書いてあるのは極く稀で、フェルマータ記号のみで済まし奏者に任しているものも多いのに比し、この第9番のようにカデンツァが何種類も残されているのは珍しい。
何種類も書いているという事は、モーツァルト自身この協奏曲を何度も演奏していたという事の証拠になる。愛着の深い曲だったに違いない。
第2楽章のあの深い哀切は、そうした愛着の深さと密接に関係がある、そんな気がするのだ。
ピアノ独奏の小林海都(1995- )は2021年のリーズ国際ピアノコンクールで日本人歴代最高位の2位及び最優秀室内楽演奏賞、2024年第12回浜松国際ピアノコンクールで第3位を獲得した。
大変に落ち着いた端正な演奏で、モーツァルトには向いていると思われた。冒頭のトリルからしてその粒立ちが素晴らしい。
と言っても、前掲の2つのコンクールの本選ではバルト―クのピアノ協奏曲第3番で自信に満ちた演奏をしていたので、レパートリーには幅があるようだ。
アンコールには、シューベルトのピアノソナタ第13番から第2楽章を演奏した。素晴らしい歌心だった。
(続く)
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