上京2日目5/15(木)、南品川のTホテルをチェックアウト後、一旦東京駅へ出て荷物をロッカーに預け、竹橋の東京国立近代美術館へ。
「ヒルマ・アフ・クリント展」を観る。
・会期 3/4〜6/15
ヒルマ・アフ・クリント(1862-1944)は19世紀後半〜20世紀前半のスウェーデンに生きた女性画家。
女性である事、またスウェーデンという美術史の本流から外れた地から出ずに活動した事などから、これ迄注目を浴びてこなかった。
彼女が没後20年間作品公表を控えるよう求めていた点や、またスピリチュアリスムという創作の背景が、第2次大戦後の合理主義に対しネガティヴに働いたかもしれない。
私も彼女の作品をじかに観るのは初めてである。
彼女の作品は、今にして言えばまさに抽象主義を思わせるものだが、その創始者とされるカンディンスキー(1866-1944)に先行しているという点だけでも注目に値する。
本展は、彼女のアジア初の大規模展となった。
2013年のストックホルム近代美術館での個展には100万人が来場、2018〜19年のグッゲンハイム美術館における回顧展には、同館史上最高の60万人が訪れた。その後世界で展覧会が続いているため、作品は母国に戻らない状況だとの事。(〜東京国立近代美術館 本展企画学芸員 三輪健仁)
2022年と24年、彼女を主人公にした2本の映画(ドキュメンタリーとフィクション)が制作されたらしいが、残念ながらこれも私は観ていない。
本展は初期から晩年に至る彼女の作品136点と資料で構成されている。
東京国立近代美術館は日本で初めて行われる展覧会である事を意識し、注意深くチャプターを構成した。
1章「アカデミーでの教育から、職業画家へ」
2章「精神世界の探求」
3章「神殿のための絵画」
4章「神殿のための絵画以降:人智学への旅」
5章「体系の完成へ向けて」
ヒルマ・アフ・クリントは17歳頃絵を描き始め、その後1882〜87年スウェーデン王立芸術アカデミーで学んだ。
1896年33歳の時、アカデミーにいた女性達と伴に「5人(De Fem)」というグループを作り、盛んに交霊会を行い、霊から人類へのメッセージをオートマティスム(自動筆記)という実験的手法で絵にした。
彼女がこうした手法で絵を描き始めたのはどんな時代だっただろうか?
ジークムント・フロイト(1856-1939)が「無意識」というものを発見した。
トーマス・エジソン(1847-1931)は電気を発明、マリ・キュリー(1867-1934)は放射能を発見、ヴィルヘルム・レントゲン(1845-1901)はX線を発見。
人々が「見えないもの」に興味を持ち、それらを可視化しようとした時代、と言う事もできるだろう。
アフ・クリントが目に見えない「霊」について学び、それらと交信し、そのメッセージを人類に伝えるため絵に記録しようとしたのは、決して時代の精神・思想とかけ離れたものではない。
先走りし過ぎないよう、まずは1章からアカデミー時代に描いた作品を見ておこう。
◆1章「アカデミーでの教育から、職業画家へ」
《フォルム研究、螺旋階段、光と影》1880
18歳、アカデミー入学前、難しい立体構造を光と影の表現と伴に掴みとろうとしている。
《人体研究、男性モデル》1885
人体を外見だけでなく、骨格と筋肉の構造物として描きだそうとしているのが分かる。
アカデミーでは解剖学の授業も開講されていた。
W・レントゲンによるX線写真はこの10年後に初めて撮影された。
《夏の風景》1888
アカデミー卒業後、風景画や肖像画の注文を受けるなど、職業画家の道をスタートした。
これはバルト海の浮ぶエーランド島の風景を描いた自然主義的作品。島の湿度迄が見事に表現されている。
スケッチ〈子どもたちのいる農場〉(制作年不詳)
神智学者アンナ・マリア・ロース著の児童書『てんとう虫のマリア』のために描かれたもの。児童教育分野で活躍し、女性の権利獲得にも尽力した人物。
2枚目の写真はその裏に見られる自動描画による曲線と文字。
◆2章「精神世界の探求」
スピリチュアリスム(心霊主義)に興味を持ったのは17歳。当時のストックホルムには秘教的思想の団体がいくつか存在していた。アフ・クリントが特に影響を受けたのは世界的に受容されていた「神智学」(*)で、交霊の集いに頻繁に参加し知識を深めた。
前述の通り、1896年には親しい女性達と「5人(De Fem)」というグループを結成。交霊術によるトランス状態において高次の霊的存在からメッセージを受け取り、それを自動筆記(描画)で記録した。
これによって残されたドローイングは100枚を超え、曲線のつながるシンプルなものから、植物・細胞・天体などのように見えるもの迄様々なヴァリエーションがある。
この体験により、アフ・クリントはアカデミーの訓練から解き放たれ、新しい視覚言語を生みだしていく。
(*)神智学:神秘的霊知により神を認識できるとした信仰で、1875年ヘレナ・P・ブラヴァツキーがニューヨークに本部創設。東西の諸宗教を結びつけ、瞑想や交霊によって神の真理を目指す。
下は「5人(De Fem)」が交霊のために使用した祭壇。
《大きな樹〉制作年不詳
象徴主義風を思わせる。ここ描かれているのは山や森にあるただの木ではない。
象徴主義もやはり人間の内面という「見えないもの」を描きだそうとしたのである。
(続く)
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