外国人運転手による逆走事故。
あってはならないことだけれど、実はあまり強く批判できない立場の記憶がある。
3年前。
奇跡的にも、或いは幸運にも、当時ウィッシュリストのトップにあった《落水荘》へ訪ねることができた
生涯でトップクラスメモリーの旅行のひとつ。
日本の警察であっさりと交付された国際運転免許証。
アメリカの交通ルールを予復習するわけでもなく、英語会話の能力も問われない。
犯罪歴がなければ、それなりのお金を払って1年間有効の国際免許が受け取れる。
ピッツバーグの空港でレンタカーを借り受け、サイパンでハンドルを握って以来40年振りの左ハンドル。
過去の日記を遡れば記載があるが、確か9回ほど晴れ間にウィンカーを動かしたし、ピッツバーグのモーテルからハイウェイに出るアプローチで、ほんの短い距離だけれど《逆走》をしてしまっていた
海外でのドライブに絶対必要と感じたのが信頼のおけるナビゲーター
事故を起こしてしまったペルーや中国のドライバーはどうだったのだろう。
いまは円安でインバウンド花盛り。外免切替を見直すことも大切だけれど、近い将来に円高機運でアウトバウンドが増えるあかつきには、日本人の国際運転免許証ももう少し厳格化してもらってもいい。
右側通行と左側通行の入れ替わり。そんなに簡単なものではない。
『おかえり、ヨコハマ』(横浜美術館)
丹下健三の魅力を残したまま、4年にわたる大規模改装が終わり姿を現した。
浜美は雨が良く似合う
思い出は大雨の降るハマビの中で5時間半の超ロング鑑賞。
紳士時代が懐かしい
開館と同時。いわんや一番手に入館したのに、フリースペースであるグランドギャラリーの彫刻鑑賞に時間がかかり過ぎて、展示室へ向かったのは20分もあとのこと。
それでも雨模様が奏功して、まったく混んでいない(←空いている)。
ありがたいことだ。
ブロンズのベッドみたいな彫刻。
これ多分、マグリット
いつも写真を撮っても作者名を写さないからうろ覚え。これだから、深堀りできないアート人生の繰り返しなのだよしひこ。
調べてみたらタイトルは『レカ美恵婦人』。
世界の歴史の中でも、最も美しい女性と云われている婦人。1967年の作品。
一方、こちらのゼンマイみたいな頭とデビルの混合は誰の作品だったかな。
答えはアンドレ・マッソン『砂漠のモニュメント』
企画展は『おかえり、ヨコハマ』。
地元に敬意を表して、第1展示室は横浜の歴史から。あまり面白くない
興味を持ったのは蔦重系の時代物。
絵画の上部に和英辞典のような単語表が書かれている。
欧米語と和蘭語の2行表記。
「一」は英語でヲーン、和蘭語でエーン。
ということは、1円は和蘭語でエーンエーン。
子どもの泣き声か。
「四」はホウ、「六」はシキス、「八」ならエートとなる。
コーナーは横浜を描いた大正時代の作品へと流れていく。
お見事でこれだけでも観る価値ありなのが、松本竣介『Y市の橋』5点セット。
『横浜風景』(1941/個人蔵)
昭和16年、空襲前の横浜市の橋。
これをメルクマールとして4作品。
『Y市の橋』(1942/岩手県立美術館)
『Y市の橋』(1943/東京国立近代美術館)
『Y市の橋』(1944/個人蔵)
『Y市の橋』(1946/京都国立近代美術館)
自館収蔵ではないものの、Y市=横浜市の橋を描いたワンモチーフの作品を、個人蔵を含めて4作品借りてきたキュレーターの力量。
そしてデッサン。
至れり尽くせり。大川美術館の感動が、ほんの少し蘇る。
ジャン・アルプ。
珍しく即座に作者名が降りてきた。
この自信が週末に、動くつもりのなかった足をブリヂストンへと向けさせた
(つづく)

新名神逆走事故「道に迷った」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=8319293
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