平塚市美術館で開催中の中村正義展に触発されたのか、或いはそれがひらびーとしての宿命なのか。
西生田中の同級生たちがたくさん生息していた細山あたり。
大学時代に高校の同級生たちと土足で上がってRCサクセションを歌っていた深夜のよみうりカントリー18番グリーン。
懐かしさを横目に、山のいただき辺りにその美術館《中村正義の美術館》がある。
一度目は岡本太郎のついでだったけれど、9年振り2度目のこの日は中村正義を目的として。
この建物が篠原一男による設計で《直方体の森》と名付けられていることを知ったのは、やがて研究熱心なひらびーが乃木坂へと出掛けてからのこと
こうして知識がつながっていく。
熊本でもの凄い警察に出会っているからね
2006年5月、初回の感想は『顔』。
つまり、中村正義という画家は顔しか描かないものだと思っていた。
そんなド素人の記憶は、平塚市美術館の個展によって塗り替えられる。
なんならもう一度、開催中の平塚まで行きたくなっている自分がここにいる。

「必ず行きます」という言葉が、正義画伯の娘さんに伝わった。
”社交辞令が通じない”ということは、小さな約束までしっかりと守っている証。
ぼくの生き方。
この日、受付を担当していたのが画伯の孫とその友人。
2人とも和光大学出身の完全なるおぼっちゃま。
その証拠に、孫に至っては「世界旅行を2回」しているという。

「昔はどこも汚らしくて怖くて、それが魅力だったのに、今ではアフリカまで綺麗になってしまっている」と、うそぶく彼はたかが30歳程度。
そして、そんなお孫さんの友人が、この彫刻作家であった。
2階の展示室に上がって気がついた反りとむくり

「これって、あのスカイツリーの…(出てこない)」
すると、左右からシンクロして正解が放たれる。

「澄川喜一!」
なんと、彼は新設計に所属する作家さんで、澄川喜一氏の教え子でもあるらしい。

「香取宏幸です」ネームカードをいただいた。
記憶力の乏しいおいらでも、この名前なら記憶できる。嵐の誰かだな。←正しくはSMAP
作品をほめちぎっていたら、

「9月に新制作の展覧会を新国立でやりますので…」
観に行くよ。必ず。
”社交辞令が通じない”ということは、小さな約束までしっかりと守っている証。
ぼくの生き方。
開館とともに入館したのに、退館時にはすべての観客が入れ替わっている。
いつものこと。
80分の滞在に画伯のご令嬢が現われて、会話を交わす。
やがて、我が手に平塚市美術館の招待券が渡された
アートの人脈が広がっていく
■物語の鍵となるアジサイをどう咲かせたのか――『対岸の家事』植木装飾が明かす制作の裏側。切り花を長持ちさせるコツ
(TBS NEWS DIG - 05月13日 13:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8310241
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