丹下健三、菊竹清訓、大高正人、前川國男、坂倉準三、 村田豊、大谷幸夫、高橋靗一…これが1970年万博の建築家たち。
まだ6歳のチェリーボーイだったおいらにとっては、何ひとつ縁のない人々だけれど、当時、この地を訪れて建築家を目指した人々が確実に存在し、そして令和の万博を創造しあっている。
そして2025年万博。
SANAA、隈研吾、小堀哲夫、noiz、小野寺匠吾、大西麻貴+百田有希/o+h、工藤浩平、 山田紗子、萬代基介、永山裕子、佐藤研吾、坂茂…もう書き並べていくだけで涎が流れてくるようなベテランと若手建築家の競演。
予約されたチケットはまだまだ先の日付。早く夢洲に向かいたい
そんな気持ちを抑えて、とても博学心をくすぐる展覧会が湘南の美術館で開催された。
行かないわけがない→行く
『美術館建築‐アートと建築が包み合うとき−』(茅ヶ崎市美術館)
建築家にとって美術館を設計するということは夢の到達点のひとつ。
そして趣味人にとっては、アートとともに建造物を追いかけて東奔西走南船北馬。
この喜びは何よりにも代えがたい。
初めて茅ヶ崎市美術館を訪館したのは、まだ5年前のこと。
緑あふれる丘の上に堂々と聳える景観に、その時に開催されていた展覧会の素晴らしさとともに最大限の感激を得た記憶がある。
所蔵品に関しては平塚市美術館に負けるけれど、建造物は圧倒的に茅ヶ崎。
ひらびーさえ、これを認めざるをえない
天王洲の建築倉庫に紛れ込んだかのようなマケットとともに、選ばれた美術館のパネルが展示されている。
例えば坂茂作『下瀬美術館』は、世界一美しい美術館の名声ごとく。
ここで見つけたエディション”730”のリースが神々しい。
多くの鑑賞客は、パネルよりも設計図やマケットに集中して、スケッチブックにメモを採っている。ことごとく、インテリジェンスな人たちの空間。
日本一好きなSANNAの片割れ作『豊島美術館』。
設計図をひとつも観ることなく、話題は安岐のおっちゃんと自転車転倒事件。
そんな鑑賞客には、まるで違和感があったのだろうか。
その証拠に展示室を出る際に椅子に座っていたセキュリティスタッフさんがわざわざ立ち上がって、

「建築関係の方でしょうか?とても楽しそうに鑑賞していたので、こちらも嬉しくなりました」と、声を掛けていただいた。よくある倖せのルーティン。
建築関係でも美術関係でもない、ただの趣味人。
趣味人のオーラってどんな光だろう。
紹介されていた美術館。
茅ヶ崎市美術館、島根県芸術文化センター(内藤廣)、下瀬美術館(坂茂)、犬島精練所美術館(三分一博志)、豊島美術館(西沢立衛)、神奈川県立近代美術館(坂倉準三)、国立西洋美術館(コルビュジェ)、群馬県立館林美術館(高橋靗一)。
なるほどパーフェクトに足跡を付けている
楽しそうに鑑賞できる理由のひとつ。
建築家・山口洋一郎。御年78歳。
茅ヶ崎市美術館の設計者であり、茅ヶ崎の街、100棟以上の設計作品を残している。
彼が両親のために設計した《木熨斗》で講演会が開催されると受付の方から伺った。
「でも、予約制であっという間に満員になってしまったんですよ

」
満員御礼。その4文字は馬耳東風。とりあえず行くしかない。
湘南地元民の力によって、建物の写真だけ撮らせてもらうことになった。
屋内に入ると、廊下から出てきた山口先生。
あいさつをすると、

「良かったら聞いていきなさいよ

」と、スタッフに掛けてくれた。
良かった。趣味人のオーラが役立った。
もともとは三代目・段四郎の居宅。四代目・段四郎も幼少のみぎりに住んでいたところ。
故に《喜熨斗》が建物の呼称だった。
所有者が山口先生の父のものとなり、やがて失火により旧居が全焼し、息子である山口洋一郎に設計を任せたのが、東工大大学院生だった半世紀前のこと。
この住居が空き家となり、文化遺産的目的で残されてカルチャースクール用に貸し出されることになったのが昨年春のこと。
喜熨斗はある事件で縁起が悪いからと《木熨斗》にタイトルを変えて、貸ホールとしてリバイバル。
講演会は90分。
美術品と建造物が織りなすサイトスペシフィックに関しては、茅ヶ崎市美術館の学芸員の力量がはるかに高いことを証明する。そんな誉め言葉に彩られた心地の良い講演会だった。
ラストチャプターに紹介された「これぞ、ぼくの好きな建造物ベスト3」。
スクリーンに現れた《落水荘》に参加者全員がため息。

「邸宅の下から滝が流れているんだからね」とは、先生の弁。

「そしてこれはまだ行けてないんだけれど…」と前置きをして、
フィリップ・ジョンソンの《グラスハウス》を紹介してくれた。
調べてみるとマンハッタンから電車で1時間程度の場所にあるという。
なんだ、近いじゃん。行ってみようかな←まだ行かない
そして3つ目のベスト建造物として、スクリーンに現れたのが、見覚えのあるこれ。
自画自賛も長生きの秘訣成り。

「やがて作られる加山雄三記念館、サザンオールスターズメモリーハウスは、必ず山口先生が手掛けてくださいね。応援しています」とエールを贈り、木熨斗をあとにした。
玄関で先生との立ち話。伺ったエピソードは、先生の名誉のために
茅ヶ崎駅への帰り道。
調べる必要もなく THE YOICHIRO

万博記念公園、「大阪・関西万博」との混同に注意喚起 誤来園者が増加
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=159&from=diary&id=8295982
ログインしてコメントを確認・投稿する