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2025年04月27日12:00

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中島京子 『うらはぐさ風土記』��

(続き)

武蔵野の四季を愉しむうちに、いろんな人達と知り合う事となり、次第にうらはぐさという街について、知識と愛着を深めていく。
ある日勝手に庭に入ってきた老人がいて、沙希は驚く。訊くと、伯父の友人(75歳)で、庭の手入れを頼まれていた秋葉原という名の男だった。と言っても庭師という訳ではない、草木について詳しく、一種の趣味人と呼べばいいだろうか。
彼の本職は、あけび野商店街にある「丸秋(まるあき)」という名の小さな足袋店。しかし、今時、足袋が商売になるのだろうか。店は奥さんの真弓に任せ、自身はあちこちふらふらしているらしい。真弓は刺し子手芸家で、今や彼女の作品が店の半ばを占めている。店舗付き住宅の3階建てビルの屋上には小さな菜園を持ち、2人で四季の野菜を作っている。

大学の関係では、滅茶苦茶な敬語を使うマーシーと、その友達で陸上部のエースであるパティという綽名の2人の女子学生、来栖(くるす)という近現代史を専門とする男性講師、そのボーイフレンド(!)である猿渡(さるわたり)など、一風変わった、しかし魅力的な人達と出会い、焼き鳥の布袋などで吞み交わしつつ友情を深めていく。
マーシーは学園祭の弁論大会に出て、うらはぐさの歴史、例えば、この近辺には太平洋戦争と関係した場所があり、空襲への対応として急造りされた飛行場からは特攻隊の出撃があった事など、熱く語った。
近隣の人々は、80年前のこうした事共を、もうすっかり忘れている。

しばらくして、沙希は、この古いあけびの商店街にも再開発の話がある事を知った。
道路拡張が決まれば、丸秋足袋店も諏訪書店も焼き鳥の布袋も、道路に面した店舗は壊されてしまう可能性がある。
秋葉原夫妻がこれについてどう考えているのか、沙希は訊いてみた。
老いた2人には子がいない、いたとしても、足袋や刺し子が先々商売として継続できるだろうか。
家も古くなり変化はやはり必要だ。老いにも勝てない。しかし、真弓は屋上菜園の仕事をして一息つき、ビルの屋上からあけぼの商店街を眺めて「なくしたくないなあ」と呟く。
のち、屋上菜園の仕組みは、市の小学校でも活用されることになる。地震などの緊急時に避難所に指定されている小学校、そこに屋上菜園があれば、実に効果的だ。

帰国から8ヶ月も経って、沙希はオンラインを使ってようやく伯父と面会できた。
沙希は伯父の家に住まわせてもらっている事に、まずお礼を言った。
しかし、伯父は画面の女性が誰か、何故画面で会話する事になったのか、分かっているのか分かっていないのかはっきりしない。
沙希はそれでも、あけび野商店街が大好きな事、再開発計画が持ち上がって、伯父の友人の秋葉原の店も、商店街もなくなってしまうかもしれない事を伯父に話してみた。
彼は泰然とした態度でこう返事した、「いいもんにあれしなさい」。
沙希は理解できなかった。
面会が終わったのちも、何度か伯父の言葉の意味を考えた。

アメリカから元夫のバートが日本にやってきた。
沙希は突然な来訪に驚いた。
2人は話し込んで、わだかまりはかなり解消した、元の鞘に納まる事はなかったが。

バートが帰国してしばらくしてからの事である。施設にいた伯父が心筋梗塞で急死した。
従兄の博満から相続の問題で沙希は相談を受けた。
今沙希が住んでいる伯父の家は、長男である博満が相続する事になる。古いとは言え、東京都内の一軒家、評価は相当な高額になる。おそらく現金で相続税を払う事はできない。とすると、家を売るしかない。売りやすさの事を考えると、家は壊して更地にするのがベターだろう。
これ迄好意に甘えてきたが、沙希は伯父の家から出て、住む場所を探さなくてはならない。相続税の支払い期限は僅か10ヶ月である。沙希は茫然とした。

伯父の家の庭の真ん中にある柿の木から葉を数十枚取り、亡き母が好きだった「柿の葉寿司」を沙希は作り始めた。
素晴らしいうらはぐさの街にある、素晴らしい庭のある家を、更地にして処分する事は堪えがたく、何とか避けたかった。
寿司を作りながら、沙希は一つ一つ問題を具体化し、解決策を熟慮した。
バートから離婚に際してもたらされたお金が効く事になりそうに思えた。
寿司の作業が一段落し、沙希は博満に電話をかけた。

この先ずっとここに暮らし、ここで生涯を終えると思うと、「わが街」うらはぐさへの思いはこれ迄の日々よりずっと濃厚になった。
押し寄せる再開発の波に向けて、この街の過去をしっかりと踏まえ、自分の未来をどう構築すべきか。
親しくなった人達は、もはやすれ違いの、仮の隣人ではない。
うらはぐさの花言葉が「未来」だった事を沙希は思い出した。
 

[参考資料]
集英社文芸ステーション(Web)
・『うらはぐさ風土記』刊行記念インタビュー 
 インタビュアー/構成 青木千恵
 『足元にある歴史を眼差して』中島京子
  〜「小説すばる」2024年4月号より転載
・エッセイ『土地の記憶、変化、未来』中島京子
  〜「青春と読書」2024年4月号より転載
 
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