1/26(日)、浜松市天竜区の龍山森林文化会館で行われた高橋源一郎(1951- /74歳)の講演を聴きに行ってきた。
14:00開演、入場料は無料。
龍山町は浜松駅から天竜川に沿って上流へ50km強、船明ダム、更に秋葉ダムも超え、車で約1時間半北上する事になる。
下は到着して撮影した龍山森林文化会館のすぐ脇を流れる天竜川。南北に長く伸びた秋葉ダム湖は満々と水をたたえている。
この写真は下流(南)を向いている。秋葉ダムは見えないがこの先にある。
赤いアーチ橋は瀬尻橋。
こちらは上流(北)向き。遥か先に見える峰は竜頭山か。
カーブがモダンな会館入り口。私の後ろへ長い列ができた。
こちらは入場整理券。
何故これ程の山奥で著名作家 高橋源一郎の講演をやる事になったのか。何か人間的なつながりでもあったのか? 高橋が希望したのか? それは分からない。
人選はともかく、龍山町は毎年ゲストを替えてこの「文化講演会」をやっているらしい。
講演が行われる多目的ホールは全238席。
係員が、今日は満席なので荷物は各自の膝の上に置くように、とアナウンス。
入場整理券とステージの右端の帯にあるように、タイトルは「ニッポン、過去・現在・未来」。やけにスケールの大きな演題だ。これはきっと龍山町が用意したに違いない、どうせ高橋の話はそれと関係なくあっちこっちへ気ままにいくのだろう、そう私は思い込んでいた。
ジーンズに革ジャンというラフな格好で登壇した高橋源一郎。
マイクを演台上のスタンドから抜き、前に出てきて開口一番、
…私は話が何処へいくか分からない。精神科の医者にADHD(注意欠如・多動症)と診断されているので、ご容赦願いたい。
また一ヶ所に留まって話をする事もできないので、歩き回ると思う。
且つ、違う話題を思いつくと、それを放出してしまわないと、先に話しを進める事ができないたちのだ、…と。
とは言っても、本当にADHDかどうか? 話題があちこちへ逸れてしまう事、与えられたテーマの話ができないかもしれない事、それらに布石を置いたのだろうくらいに私は思った。
…さて、(以下意訳)、講演というのは、まず間違いなく土曜か日曜の14:00に始まって15:30迄。質疑応答があって15:40終了という事になっている。
一体誰がきめたのだろうか。
私は競馬が大好きで、1990年からテレビの競馬番組に出演していて35年一度も休んだ事がない。
競馬のメインレースは大概15:45に始まるので、この講演時間の設定は、私には大変都合が良い。
私には特技がある。講演で舞台に立って客席を見ると、当日の聴講者の平均年齢をピッタリ言い当てる事ができる。髪の色、服装がそのポイントになる。今日の客は比較的若く見える。60歳ちょっと、というところか。
テーマによって客の年齢は上下する。年齢が上がるテーマというと、介護、文学、憲法。
熊本で、戦後の左翼系文学者「野間宏の会」というのに呼ばれて講演をした事がある。その時私はまだ40歳で、初の講演だった。話はあっちこっち逸れて、殆ど野間宏の話はせず、それでも客からのウケは良かった。
しかし、東京に帰ってから、この講演に私を呼んでくれた友人のNから電話があった、講演後、Nは熊大の助教授を辞める事になってしまった、と。申し訳ない事をした。
その「野間宏の会」の講演の客(同会会員)の年齢は70歳代で、ピッタリ当たった。新規入会する人はゼロだとの事で、それでは毎年会員の平均年齢は1つずつ上がるばかりだねと友人に言ったのだが、その数年後、会はなくなった。
私は3〜4年程前から年末の紅白歌合戦を見るようになった。
仕事場は家からタクシーで1,000円の距離にあり、時間になると紅白を見に家に帰ってくる。
早く「家」なるものから脱出したくてたまらない中学生の頃、私は紅白を見るのをやめた。何から何迄ヤラセで、微温湯ドップリという雰囲気がイヤで見なくなったのだが、60年も経って、何故か面白くなってきた。今年はMISIAが良かった。
紅白の最高視聴率は、1963年の81.3%。これは凄い数値だ。
というのも、当時テレビは家で1台。テレビは家族で見るものだった。特に紅白はそういう類の番組の筆頭で、81.3%というのは家族の数であり、もの凄い数の人が見ていたという事になる。
今、テレビは部屋毎にあって、1人1人、別に見るものになっている。そういう時代の変化に応じて、番組の内容も皆個人向けに変わってきた。家族皆で一緒に見るような番組はもう紅白くらいしかない。
(続く)
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