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2025年01月20日11:00

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ルイーズ・ブルジョワ展/森美術館 ��

(続き)

《ヒステリーのアーチ》(1993)
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頭部のない男の弧を描くように反り返った無理なのに美しい姿勢。
19世紀の神経科医ジャン=マルタン・シャルコーは、長年女性固有の病とされてきたヒステリーを、男性もかかるものと研究発表した。
ルイーズはヒステリーを、この無理な姿勢によって蓄積された緊張のエネルギーとして表し、重力からの解放は病の解放の象徴としたのかもしれない。
大窓から下に見える東京の街が巧い借景になっている。

《無題(地獄から帰ってきたところ)》(1996)
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ルイーズは1990年代半ばから自身や家族が身につけてきた衣類などを使用した作品を作り始める。
この作品は、1973年に死んだ夫が日常的に使っていたハンカチに文字を刺繍したもの。
彼女はしばしば自身の日記や手紙から言葉を取り出して作品にした。本展のサブタイトルにもなったこの言葉は、1996年2/12の日記にある。
2つの大戦、家族との死別、鬱病、自己否定、不安と孤独、嫉妬、依存、ルイーズはそれら「地獄」を「素晴らしかったわ」と公言する事で、ブラックユーモアと伴に乗り越えようとしたのだろう。

80歳代に入っても創作は続く。
《青空の修復》(1999)
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鉛の板にバックリと開いた5つの裂け目。それは家族との間に発生した深い傷を象徴している。
その裂け目を、家族が使っていた布や糸でつなぎ合わせ、修復を試みている。
"5"は、パリの実家、そしてニューヨークのルイーズの家、共に5人の家族構成で、彼女にとっては特別な数字だった。

《トピアリー�検�(1999)
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真ん中にいる女性は片脚がもがれ、松葉杖を使って立っている。
それでも女性の身体から伸びる枝、そして青い実。
これは他の何でもない、まさに再生への物語である。

《蜘蛛》(1997)
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ルイーズは1990年代、繰り返しクモをモチーフとして使った。
伸びたクモの脚の下には檻のような金網の部屋がある。中には古い椅子。金網にはちぎれかかったタペストリーや何かの骨。止まった時計、香水瓶など、家族の愛用品がぶら下がっている。
クモは母であり、また自分自身でもある。
ルイーズの言葉、「私の実家は直し屋だった。蜘蛛も直し屋。人が巣にひっかかっても、蜘蛛は怒らない。蜘蛛は巣を編み、繕って元通りにする」。
傷ついても大丈夫だ、修復できる、そう静かに強く語っている。

《拒絶》(2001)
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拒絶する事は拒絶される事の恐怖と表裏一体になっている。
一元的でないその苦しみ、叫びを、この救いようのない表情は表しているようだ。
彼女の両極分離性の強い心理は、次の《良い母》でも顔を表している。

修繕しても修繕しても、同時期にまたこういう作品が顔を出す。ルイーズの特徴だ。

《良い母》(2003)
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両腕のないピンク色の布製人形。その乳房からは5(!)本の白い糸が出て床の糸巻きにつながっている。
糸は子供(家族)に授ける母乳である。それは愛というよりも、"家"における役割に縛られた女性を表現している。また、このつながりは見捨てられる恐怖への逆説でもあり、ルイーズの「母性」は両義的な複雑性を持っている。

《無題》(2006)
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布と糸で作られた静けさの漂う94歳の作品。
上方に五(!)輪の花のコラージュ。下方には刺繍で「LE JOUR DE LA RECONCILIATION」(和解の日)とある。
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2010年5/31、ルイーズ・ブルジョワは心臓発作のため、98歳で亡くなった。
女性芸術家そして女性解放の先駆者として、また一人の現代女性として、彼女の人生は引き裂かれる苦悩の連続だったが、その最期の日が「和解の日」であってくれたならいいのだが。

死後、ルイーズ・ブルジョワの多面的な芸術は、両極性を含め総合的な理解と評価を得て、今や世界の多くのアーティストに影響を与えている。


本展の構成は、以下の通り。
第1章「私を見捨てないで」
第2章「地獄から帰ってきたところ」
第3章「青空の修復」

ルイーズ・ブルジョワの創造の源であった家族との関係を基軸にしており、第1章は母との関係、第2章は父との確執、第3章は壊れた人間関係の修復と心の解放をテーマにしている。
結果的に時間を行ったり来たりする事になり、私のようにブルジョワという人間に詳しくない者にとっては少々理解しづらい面もあった。
それで、ここでは誰よりも自分の理解のため、展覧会の構成を無視して、時系列でレポートした。

展示は立体51点、絵画・素描34点、その他、全106点。


下は帰りがけに、強いビル風に煽られながら写した森タワー前広場の《ママン》。脚の間からは東京タワーが小さく覗く。
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〈参考資料〉
・「日曜美術館」『和解の糸を紡ぐ旅〜ルイーズ・ブルジョワ』
 ディレクター・編集 佐藤憲正
 解説 椿玲子(森美術館キュレーター)
 放送 2024年12/1、NHK-Eテレ
・図録『ルイーズ・ブルジョワ展 地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』
 執筆 椿玲子 他
 発行 2024.9.25、山下和樹,カルチュア・コンビニエンス・クラブ��
・月刊「芸術新潮」'25年1月号〜『ルイーズ・ブルジョワの饒舌なふくらみ』
 執筆 村上田鶴
 発行 2024.12.25、新潮社


品川駅エキュートのバル・マルシェ・コダマで夕食。
シポタラソーセージ、生ハムサラダ、コンビーフパンチェッタチーズのホットサンドに生ビール。
初めて食べる店だったが、大変美味しかった。また寄ってみたいと思う。
20:19のひかりに乗り、浜松の我が家に帰着したのは23時過ぎ。
3つの大変に特徴ある展覧会に出会えて、いい初上京となった。
歩いたのは18,500歩。
 
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