1/5(日)、シネマイーラ浜松で『アット・ザ・ベンチ』を観る。
都下のある河川敷(*)、堤防を降りると緑の芝生が拡がり、手前にポツンと古ぼけた木のベンチが1脚だけ佇んでいる。以前は賑やかに子供達が遊び回る公園だったのかもしれないが、今はひとつも遊具がない。
変化の激しい東京という都会には、気づかずにいるといつの間にかなくなってしまう物や景観がある。
幼い頃乗ったシーソーやブランコやジャングルジム、等々。気がつくと、そこに無機質な白い壁のビルが建ち、極彩色の大型看板が並んでいたりする。楽しかった時間は何処に行ってしまったのか。
このベンチを共通の舞台にして、5つの物語がオムニバス形式で展開する。なかなかいいタイトルだ。
全体を監督したのは写真家・映像作家の奥山由之(1991- )。彼の呼びかけに賛同した脚本家その他スタッフ達が集まってこの自主制作映画はできた。
◆第1編「残り者たち」脚本 生方美久
ある日の夕方、買い物帰りにここを通りかかり、昔とのあまりの変化に気づいた女性A(広瀬すず)は幼馴染の男性B(仲野太賀)をスマホで呼び出す。久し振りに会った2人は並んでベンチに座り、ここがどう変化してきたか記憶を辿る。また、互いの近況や、その他愛もない会話を繰り返す。
カメラは2人をベンチの後方から捉え続ける。
楽しく弾む会話を聴いていると、彼らが好意を持っている事がよく分かる。それでもあまりに近い関係だったから、それを愛や恋と言えるのかどうか、自分達でもよく分からない。
気がつくと、夕陽は川のずっと向う、木々の影に落ちていく。
◆第2編「まわらない」脚本 蓮見翔
ピクニック日和の昼下がり、同棲中らしきカップルは買い物を終えた帰り、ベンチに座り、買ってきた物で簡単なランチを始める。
男性C(岡山天音)が広げたのはスーパーの安い鮨セット、女性D(岸井ゆきの)は某専門店のパン。
DがCに飲み物を勧めると、Cはそのペットボトルに口を付けないように気をつけて飲んだ。
Dは突然別れ話を切りだす。D自身、そんな話をここでするつもりもなかったし、それを"別れ話"と呼ぶべきかどうかも分からない。ただ、さっきのCの飲み方を見て、日頃感じている彼のイヤなところが口から次々溢れだしてきてしまう。その一つ々々はあまりにちっぽけな事で日頃は忘れているのだが、いつの間にか吐き出さなければならない程溜まっていたらしい。
第2編のカメラは前方から2人を捉えている。
堤防から降りて来た男(荒川良々)がベンチの後ろにに近づいてくるが、2人は気がつかない。
男はベンチのすぐ後ろの芝生の上に腰を下ろす。ちょうど2人の痴話話を聴く位置関係になった。
しばらく黙って聴いていていたが、男はとうとう口を差し挟む。
Cは見ず知らずの男の割り込みに驚くが、Dは自分に同調してくれる男に共感を持つ。
男はいつもこのベンチで昼にパンを食べるのが日課だとの事。こんないい日にこんな所で鮨を食べるのはヘンだと言うと、Cの鮨に手を出して口に放り込む。
3人の奇妙で滑稽な会話は続く。
◆第3編「守る役割」脚本 根本宗子
雲が厚く、今にも降りだしそうな日、女性E(今田美桜)がベンチで横になっている。ボサボサの髪と汚れた厚着は如何にもホームレスのようだ。
彼女を姉だと呼ぶ女性F(森七菜)が近寄ってくる。彼女は家出して行方知れずになっていた姉を探しつづけてきたらしい。
ある男に惚れこんで家を出た姉をベンチに見つけたFは、その姿に驚き、彼女を家に連れ戻そうと説得を始めた。
ところが姉は全く言う事を聞こうとしない。
妹は姉がなぜこんな事をしているのか理解できず、遂に2人は大声をあげてケンカになる。
姉の言い分を聞くと、どうやら彼女は男に捨てられたらしいのだが、自分の気持ちに整理がつかず、少しでも男の近くにいたいとこのベンチにとどまっているようなのだ。
殆ど取っ組み合いになるが、Fは姉の叫び声から、次第に彼女の気持ちが分かってくるような気がしだした。
◆第4編「ラストシーン」脚本 奥山由之
しばらく前迄、ここにベンチは3脚あったらしい。ところが2脚は大雨で流されてしまった。
役所の職員らしき男女(草��剛,吉岡里帆)は、残った1脚をどうするか、調査に来たようだ。
撤去するにしても、立場上報告書を書かねばならない。役所というのはそういうところだ。
男女は、ベンチの位置やらサイズやらを確認しようとするが、どこを幅と言うのか高さというのか、どちらが北か西か、会話が噛み合わない。
興奮しだすと、彼らの言葉は録音テープの逆回しのようにキーキーいって訳が分からなくなる。どうも彼らは異星から来た宇宙人らしい。
近所の住人が犬を連れて通りかかると、2人はバレないよう、言葉を日本語に戻す。
男によると、実は、このベンチは彼らの父親の化身だとの事。
父親を連れて自分達の星に帰るのが2人のミッションだ。
突然「カット」の声がし、画面はモノクロからカラーになる。
これは映画の中の映画だったようだ。
監督(神木隆之介)がこのシーンの狙いを、2人の俳優に説明しようとするが、彼の言っている事も何だかよく分からない。
撮影はラストシーンへ。
恐ろしい異形の宇宙人がベンチに語りかける。
だが、ベンチの父親は言う、私はもう少しここにいて、なかなか理解できない地球人の調査をしたいのだ、と。
宇宙人は悲しそうに、では100年後にまた迎えにくるよ、とベンチの父親に言う。
地球と彼らの星の時間進行は全く違うらしい。
それにしても、宇宙人にも親子の情があるらしい事が、このシーンから伝わってくる。
◆第5編「さびしいは続く」脚本,出演、第1編と同。
2人の幼馴染がまたあのベンチに座って楽しそうに話をしている。
もうじきここに建てる保育園の工事が始まると、女性A(広瀬すず)。
Aは今勤めている保育所と人間関係が巧くいっていないので、これができたら勤め先を替えたいと言う。
賛成するB(仲野太賀)。
しかし、見回しても、工事が始まるような気配は全くない。
カメラは第1編同様、2人をベンチの後ろから捉えている。
2人の座る位置は心なしか第1編より近づいているように見える。
また夕陽が傾いてくる。
帰ろうかとどちらともなく言うと、AはBの手を取って歩きだす。
カメラはパンせず、ベンチを捉えたまま。
2人はカメラの視野の外に出ていく。
遠ざかる楽し気な2人の声だけはいつ迄も風に乗って聴こえてくる。
(*)ロケをしたのは二子玉川の河川敷だったようだ。
観客はこのベンチに何を見るだろうか?
都市計画に対する異論か、時代への郷愁か、哲学的な象徴か、または人間の内奥の不可思議か。
ベンチには、誰がどんな思いで腰掛ける事もできる、…それがある限りは。
監督 奥山由之
脚本 第1,5編 生方美久、第2編 蓮見翔
第3編 根本宗子、第4編 奥山由之
撮影 今村圭佑
美術 野田花子
編集 平井健一,奥山由之
音楽 阿部勇麿
2024年/日本
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