田中煕巳さん、田中重光さん、箕牧智之さん。
3名の年齢を足し算すると258歳
超高齢を押して日本からオスロへの長距離渡航。そしてジェットラグのリスク。
自らの命を賭して授賞式に出席する3人のその姿勢には、心からの敬服を捧げるとともに、自分自身には何もできない恥ずかしさを思う。
帯同した高校生たちの姿も見事だった。反戦を常に心に抱き、彼ら彼女らにありがとう。

名建築を訪ねて
先日、某ギャラリーでご一緒してお話をさせていただいた建築士・中村拓志先生。
徳島の上勝での体験を伝えると、差し出したサイン帳にいきなりデッサンを描きこみ、

「狭山の森・礼拝堂です。是非、行ってみてください

」
《狭山湖畔霊園》
中村先生に敬意を表し、あらかじめ霊園に訪問の希望を伝えておく。
所長からの歓迎の言葉をいただいて、プランは完成。
湘南高校の秀才たちに見送られて、スムーズな圏央道でわずか60分
先に礼拝堂へ出向き、中村拓志自慢の至宝にまずは表敬。
なるほど、先生の描いたデッサンによく似たり。
小振りだけれど21,000枚のアルミが静謐な礼拝堂を頑丈に取り囲む。
2本の登り梁は支え合うことで自立する。
金八先生が説く『人』の字の謂れにリンクする。
《管理休憩棟》
管理棟に向かいスタッフに来園のあいさつをする。
所長は不在だけれど、おいらの往訪は引継ぎされているはずだった…けれども、所長、意外といい加減
ところが、対応してくれたスタッフの面々が見事なホスピタリティを発揮。

「カーテンが閉められていて入室ができないようになっていますが、開いていただいて中に入って見てください。ここのペンダントランプも中村先生の自信作のようでしたよ」
紅葉のリフレクション
自慢の気泡が浮かぶ照明はオリジナルだし、美しい天井架構を活かすためにサイズは最小限となっている。
本来は入堂できない礼拝堂の鍵を開けてくれるという。
スタッフの道案内をいただいて

「これが尾崎豊さんのお墓です

」
ちょうど、先月末(11月29日)が誕生日だったからと、ファンが集い生花が手向けられている。まるで、渋谷宮益坂の歩道橋のように。

「いわさきちひろさんのお墓もご覧になりますか?」
言うまでもない。
いわさきちひろの描いた女の子のプレートが墓碑に掲げられていた。
それ以外はとても質素な「松本家」。
墓碑には松本善明と松本千尋の名前が刻まれていた。
礼拝堂の鍵が開けられる。

「どうぞ、ゆっくりとご覧ください」
ほんとうに幸せなことである。どうしたことか、訪ねる先々でベストホスピタリティに出会っている。快晴の青空のように、心持ちは最高の気分
スタッフさんとたくさんの会話をして、こちらの知見もお渡しした。
事務所に帰ってから、彼女は果たして「真駒内霊園」と検索してくれただろうか。
《森のささやき》

「3年ほど前に中村先生が追加設計した《樹木葬》のブースをご覧になりますか?少々、遠いですけどご案内いたします」
シンボルツリーの周囲に骨壺を埋めていく樹木葬。
評判を呼び、今では売り止めの状況らしい。
”墓仕舞い”が相当に多いという嘆きも教えていただいた。
ぼくが初めて東京湾への散骨式に出たのは、もう10年も前になるのだろうか。
そういえば、今年の命日にはそんな連絡も途絶えていた。
〆て1時間。
丁寧に案内を施してくれたスタッフさんから《狭山の森礼拝堂》竣工記念誌が手渡された。いつもながらの『ぼくに何かをあげたくなる現象』。
たかが単なる見学者。当たり前だと思ってはいけない。
本当にありがたいことである。
■【速報】石破総理「長年の努力が報われた」 日本被団協に祝意 今夜、ノーベル平和賞を受賞
(TBS NEWS DIG - 12月10日 13:23)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8127303
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