愛知県の刈谷市美術館で宇野亞喜良展を観るに際し、美しい赤レンガの建物があると聞いていたので、先に同 半田市に立ち寄った。
半田市は浜松から車で約1時間半。
横浜港の赤レンガ倉庫に似ているが、それもその筈、設計者が同じ。
下のモノクロ写真は創建当時のもの。左上のマス中は、横浜の赤レンガ倉庫も設計した妻木頼黄(つまきよりなか/1859-1916)。
1898(明治31)年、四大ビールメーカーに対抗して建てられた旧「カブトビール」の醸造工場である。社名は「丸三ビール」。
2年後の1900年にはパリ万博で金牌を受賞した。
太平洋戦争中にビール工場は閉鎖。
「中島飛行機」の半田製作所に変わった。
戦時下の国策企業である中島飛行機は国内に9ヶ所工場を設けたが、何処も米軍の優先的空襲対象となった。
半田も1945年7月に複数回空襲を受けた。
機銃掃射の生々しい痕が北側の壁に残っている。
壁の中からは実弾も回収され、展示されている。
1994(平成6)年、取り壊される計画だったが、市民から保存を望む声が高まり、翌々年、半田市が買い取り契約する事となった。
2004年には国の登録有形文化財となり、改修の上、2015年から観光拠点として公開されている。
内部通路。重厚な壁は5重構造になっている。
ビアレストランもできた。
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