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2024年09月30日21:00

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宇野亞喜良展/刈谷市美術館��

(続き)

◆4.「雑誌・新聞」

宇野の手がけるジャンルの中で雑誌・新聞の仕事が最も長期に亘り、膨大な数で、エロスからメルヘン迄表現の振れ幅も広い。
最初の仕事は1960年1年間連載した「新婦人」誌の扉絵。
和田誠がアートディレクターを務めた「話の特集」は1965年創刊。栗田勇著『愛奴』に宇野は官能的なイラストを描き、寺山修司の『繪本千一夜物語』ではコミカルな作風、一雑誌で異なるスタイルを描き分けた。

『愛奴』(「話の特集」1965-66) 原画。
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1970年代には、「週刊小説」の目次絵にエロティックな女性像、「詩とメルヘン」には愛らしい画風。
1980年には毎日新聞日曜版で今江祥智の『かくし絵どうわ』、90年代には「週刊現代」の時代物小説に挿絵を描いた。

寺山修司著《ニッポン呪術紀行 花嫁化鳥》(「旅」1973.7月号)原画。
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北方謙三著『活路』(「週刊現代」1994.5〜7月号)原画。
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浅田次郎著『輪違屋糸里』(「オール読物」2002〜4年)原画。
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2009年からは1年3ヶ月、日本経済新聞で辻原登の歴史長編『韃靼の馬』の担当をした。
宇野はマゲ物も実に巧みだ。

◆5.「アニメーション映画」

1960年代、前衛芸術の拠点となった草月アートセンター。ここで、久里洋二、真鍋博ら(「アニメーション三人の会」)が実験的アニメーションを定期的に発表していた。
宇野,と横尾忠則,和田誠は1964年、彼らから招待出品の要請を受けた。
宇野は年1作、結果3本短編アニメーション映画を発表した。

1作目『白い祭』アニメーション原画(1964)。
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3作目『午砲(ドン)』アニメーション原画(1966)。
セルロイド板に貼り付けた絵を動かす紙芝居的な手法。
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◆6.「版画集・作品集」

日本デザインセンターを脱退する直前の1963年、宇野は、写真家(この9月に亡くなった)細江英公や、女優 江波杏子、その他デザイナー,コピーライターらと『ONDINE(オンディーヌ)』を共作する。
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1970年代から80年代にかけて宇野は、過去の様式ばかり求めるクライアントに辟易し、制作活動を抑制。自分の表現スタイルを改めて見直すため版画集や作品集を出版した。
『宇野亞喜良 マスカレード』(1982年刊)では、藤田嗣治の乳白色の裸婦を彷彿させる新しい裸婦像が描かれた。
輪郭線を活かして淡く着彩された肉体表現には宇野独特のエロティシズムがある。
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(続く)
 
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