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2024年09月30日02:03

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宇野亞喜良展/刈谷市美術館��

9/28(土)、刈谷市美術館で開催中の宇野亞喜良展を観る。
・会期 9/14〜11/9

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この日に行く事にした訳は、宇野亞喜良(1934- )本人による講演会「ぼくのイラストレーション史」を聴きたかったからだが、数日前、HPに「体調不良のため中止」とのインフォメーションがあった。
残念だが、今年90歳であるからして、無理はして欲しくない。

本展は、宇野の初期から最新作迄、様々なジャンルの仕事を網羅するもので、最大規模の展覧会となった。
展示は以下12のチャプターで構成され、約950点もの作品が並ぶ。
宇野は名古屋市出身という事もあって、ここ刈谷市美術館は数多くの所蔵品を有し、過去にも亞喜良展を開催してきた。

1.「プロローグ 名古屋時代」
2.「グラフィックデザイナー 宇野亞喜良」
3.「企業広告」
4.「雑誌・新聞」
5.「アニメーション映画」
6.「版画集・作品集」
7.「舞台美術」
8.「書籍」
9.「絵本・児童書」
10.「ポスター」
11.「絵画・立体作品」
12.「近作・新作」

順に観ていく事にする。

◆1.「プロローグ 名古屋時代」

宇野は幼い頃より、室内装飾家だった父から絵の手ほどきを受け、中学生の時には、岸田劉生が創設した草土社につながる「愛美社」メンバーの宮脇晴(1902-1985)に師事した。
1949年、名古屋市立西陵高校図案家(現 名古屋市立工芸高校)に入学、人形劇にも興味を持つ。人形劇団を結成し、人形作りから演出、プロデュース迄手がけた。のち、演劇の仕事にも深く関係する原点となった。
高2の時デザイナーを志望するようになり、19歳で、グラフィックデザイナーの登竜門である日本宣伝美術会(日宣美)で入選。
1955年、上京。

15歳の夏休みに描いた《自画像》(1949)、《裸婦スケッチ》《風景スケッチ》(共に1953)。
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◆2.「グラフィックデザイナー 宇野亞喜良」

東京でグラフィックデザイナーとしての活動を開始。1950年代は消費社会が到来、広告需要が勃興した。
1956年には興和新薬の懸賞広告でカエルのマークが一等賞を受賞。(和田誠も同じく一等賞受賞。) 同年の日宣美展で、バレエ《カルメン》のポスターが特選。
カルピス食品に入社。1959年退社。同年、亀倉雄策らが結成した「21の会」に参加。
1960年、同年に創立した「日本デザインセンター」に入社。東芝、トヨタ等の企業広告を担当。1964年退社。
同年、横尾忠則らと「スタジオ・イルフィル」を設立、翌年脱退。

カルピス広告の原画(1956頃)。
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◆3.「企業広告」

1965年、「マックスファクター」の広告やポスターを一手にデザインするため「スタジオRe」を設立。
スタジオReでは、写真とイラストを融合させた広告を制作。
冒頭に貼付した本展チラシは「マックスファクター Renaissance Collection」のポスター(1965)である。
マックスファクターの広告は1965/66年、2年連続で東京ADC賞銀賞を受賞。

三井信託銀行のポスター(1971)。
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(続く)
 
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