スターバックスでのできごと。
行列をあざ笑いながらモバイルオーダーでアーモンドミルクラテを注文
ほんとうはカフェミストがベストなんだけれど、この日はミスト製造機が故障中。
3分後、モバイルオーダー用のハンドルネーム《川崎オスカー》を告げて、行列客15人抜きで商品をゲット。

「かわさきおすかーって、どんな意味なんですか?」
スリーブをつけながら、そう語り掛けてくれたスタッフさん� �

「小さなころから映画館を作りたくて、そのために考えていた館名なんですよ」

「へぇ〜、すごい!映画館、できるんですか?」

「いや、もうあきらめちゃいました

」
照れ笑いとともにアーモンドミルクラテを持ち上げた。
すると、後方からフラペチーノ美人なスタッフさん�△�笑顔でこう告げてくれた。

「できますよ!きっと、映画館できますよ

」
待ちぼうけの行列客15人も、まるでフラッシュモブが始まるかのような勢いで、川崎オスカーに笑顔を贈る。
おやおや、大変なことになっちまった。
”映画館経営は儲からない”…すでにそう見切ってから十数年。
川崎オスカーのハンドルネームは限界集落mixiの中で育っている。
《内藤廣を探して》
『いわさきちひろ没後50年』(ちひろ美術館)
記憶が確かなら8年も前に1度だけ、村上春樹特集展で訪館した練馬区の小さな美術館。
この美術館が内藤廣作品だったとは、何ひとつ知らなかった
モノポリーなら、このまま安曇野へ行って、内藤廣+いわさきちひろのカラーグループを完成させなければならないのだけれど、安曇野はおいらにとって遠すぎる
初回はいわさきちひろというよりも村上春樹中心で鑑賞をしていたからなのか、彼女の作品や生涯にひとつも記憶にない。
そこで活躍するのがmixiのバックナンバー。或いは髭男
当時の日記を紐解くと、しっかりと「55歳での早逝」と「夫が共産党の重鎮」であることが書かれていた。記憶が消えただけのこと。若年性か。ポスト熱中症か。
イベントにも参加した。
クソガキ、否、小さなお子さんたちとおかあさんたちとともに《絵本のじかん》
絵本おばさんが会場にやってきて、テーマに応じた絵本を優しく読んでくれる。
『お月さまってどんなあじ?』(マイケル・グレイニエツ)
全部で6冊ぐらい、読んでもらっただろうか。
とても勉強になった。
子どもたちの笑顔がとても美しかった。ステキな30分。
黒柳徹子がいわさきちひろについて語るビデオは20分。
誰もが席を立たず『窓ぎわのトットちゃん』に、いわさきちひろの挿絵が選ばれたエピソードを眺めていた。
『窓ぎわのトットちゃん』1981年出版、いわさきちひろ、1974年逝去。
名建築家・内藤廣といわさきちひろ。
まだまだ知らないことがたくさんある
《内藤廣を探して》
渋谷区松濤。高級住宅街の一角にも内藤廣設計のギャラリーがあるという。
知らないことが多すぎる
『ぼくたち盲人もロダンを見るけんりがある』
ギャラリーTOMのオーナーのご子息が視覚障碍者であったことから、作品を直接触ることのできるギャラリーを起ち上げた。
この日は木彫作家・横山修の個展初日。
作家さんが在廊し、1時間のギャラリートークを行った。
家族、友人、林業職人など、関係者に多く囲まれる中、内藤廣を目的にやってきた建築ファンは、ギャラリートークを少し抜け出して、スタッフルームに呼びこんでいただいた。
ギャラリーの関係者であろうか、齢を重ねた刀自に連れられて、ギャラリートークが続いているというのに、内藤廣の極みを語ってくれた。

「朝も夜も、ここに座って天井を見ると、ほんとうに幸せな気分になれるのよ」
こんなエピソードトーク付き。
抽斗から取り出したメダルが一枚。
ろうあ者だけで実施していた彫刻選手権の優勝メダル。

「もう実施されなくなって何年経つかしら」なんて言いながら、このメダルの彫刻が佐藤忠良作品であることを告げてくれた。

「あと2枚だけあるから、1枚、お持ちになりますか?」
佐藤忠良のデザインしたメダルを、ふらりとやってきた還暦過ぎおじさんにくれるというのか。
ところが、ここで部屋の奥から老魔女が現われる

「1枚25,000円よ」
売り物かい
内藤廣を探して。まだまだ続きそう
ハローキティ、万博・日本館に登場 個性的!32種類の藻類に変身
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8030484
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