セミプロゴルファーの友人から連絡があった。

「この暑さじゃプレイすることもできない

」
商売あがったりだから、遊びに行こう!と続く。
彼がこの7月、何年振りかに行ったLIVEが松田聖子。
このところの松田聖子ツアー。『行ってきた報告』が、これで同級生4人目。
おいらが行ったのが、まだ沙也加ちゃん在りし日のころ
アイドル時代の聖子ちゃんなんて、ちっとも眼中なかったのに
《東京現代3》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988042929&owner_id=8666179
ギャラリストKOTAROを見つけて声を掛ける。

「草上の昼食の真似ですか?」

「カネのならないことばかりやってまして…」と、たまごサンドを頬張りながら。カネのならないことばかりやっている人ほどカネを持っている。
京セラで出会っていることをすぐに察知する。
このテクニックは天性のものなのか。
教室の中でも常に真面目に取り組んでいた、そんな情景が浮かんできた
意外とお気に入りの1枚。
プライスを聞くことはしなかったけれど、どのぐらいのバリューなんだろう。
アビーロードについては、ステキなTシャツを持っているので、それで十分
これはぼくでも分かる。
ホックニー先生の作品が何の予告もなく掲げられていた。
とにかく気になる作品の数々。
お持ち帰りはできなかったけれど、アートフェアを廻ることは、自分にとってのディズニーランド。
いつかは目指せ、スイスアートバーゼル
《アーチストと語る》
この作品が熊野古道中辺路で出会った作品だと見破った
リスペクト。
ギャラリストも「なかへちまで行って観に行ってくれた人、今日初めてです」と驚いて、ちょうどアーティストが来ているからと紹介してくれた。
作家さんも、わざわざ和歌山まで行ってくれたのかと、感謝の笑顔。
サインはいただけなかったけれど、これからも注目しておこう。すでにアーティスト名を失念中。
さらに、彫刻の大家との出会い。
これが東京現代一番の喜び
写真すら撮ることもなく大きなブロンズ抽象作品を眺めていた。
ギャラリーのスタッフさんが声を掛けてくれた。

「作家さん、いらっしゃってますよ」
安田侃。
誠に申し訳ないが、すでに鬼籍の方かと思っていたこの時間まで。
wikiに教えていただくと1945年生まれの79歳。
矍鑠とした姿でファンの一人と立ち話。
先生曰く「浅野修じゃないよ」
冒頭に『アルテピアッツァ美唄』へ行ったことを伝えると、これが彼のスイッチを押した。
わざわざ、安田侃刀自の生まれ故郷まで出掛けているのだから、先生の足が2歩近づいてきたのも理解できる。
さらには「モエレの沼よりもずっと好きな場所」なんてことを本音で伝えると、安田先生、商売を忘れそこから15分間、友人と思われるアーティストが声を掛けるまで、あらゆる話題に付き合っていただいた。

「ガイドブックじゃモエレの沼ばかりだけど、そうか、アルテピアッツァのほうが良かったですか。そうですか」
千歳空港から一直線で美唄に向かったこと。美唄が読めなかったこと。美術館内の食堂でとても美味しい食事を摂ったこと。それだけではない。
先生ご自慢の記憶の玉手箱を開いて、次々と放出される安田侃ワード
酒田市美術館の館長さんのことや、塔頭部創立の切っ掛けにもなった宮崎県立美術館。
直島ベネッセのことまで、空想の日本旅行。
いやいや、アメリカやフランスにまで話が飛び、レンゾ・ピアノとの交流の話題にまで進んでいった
心が通じ合う。
たかがファン。されどファン。
これもたくさんの tripenart が生んだ必然のセレンディピティ
■「田んぼに巨大マンモスが突如現れて…仕事が手につかない」驚きの光景が話題→実はご当地アート作品でした
(まいどなニュース - 07月23日 07:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7950061
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