あと100日に迫ったらしいのでふらりと行ってくる
1ユーロ165円が耐えられない人が多いのか、パリ便の日本人は数える程度。
欧米人だらけのシャルルドゴールから、日本人の多くはオペラ座へのバス乗り場へと向かっていくが、地球の歩き方派たちは慣れたもんで国鉄みたいなRERに乗っていく。早くて安くて、そして危険。
いざマドレーヌ
初日は夕刻到着。
現地の人が催してくれた歓迎会に出されたシーザーサラダの山盛りをウサギのように平らげ(←残した)、翌日の世界遺産へ備えることにした
イージーではないナビゴイージー調達も間に合わず、いざメトロとRERを乗り継いで目的地《POISSY》
たとえ外語大を卒業していようとも理解できないフランス語がまかり通る駅前のバス停。
あたふたしている日本人(←

)をみるに見かねて、英語が堪能なマダムがバスの乗り方を押してくれた。ありがとう、マダム。
ところが、バスの運転手さんは現金を受け取ってくれるにあらず、自然に薩摩守を決め込んだ。
バス車内ではアラブのおじさんが目的地まで優しくエスコート。

「ここに立って15分ぐらい…さぁ、降りたら右側だよ

」
一緒についてきて、やがてガイド料をふんだくられるのかを訝しんだ自分が恥ずかしい。
バスを降りて、アラブのおじさんに大きく手を振り、運転手さんにも感謝のお辞儀を捧げてみた。すると、運転手さんも笑顔の会釈。タダで乗らせたことは、彼の判断だったようだ。スタートから優しい人たちに恵まれたパリ大tripenart
まずは『サヴォア邸』
コルビュジェ作品の世界遺産。
5年前にはヴェルサイユに集中して、この地への遠征を逃している。
願えば叶う。つまり、「行きたいと思う」念願は叶うもの。
背中を押したのは、新素材研究所の杉本作品に出会ってから。
そして、旅立ちのプランが瞬時に出来上がる。
美しい。
この美しさに恵まれた館で、日本人がガイドもなしに90分。
ナマで観て、歩いてこその感動。
外構をあらためて眺めると、ちょうど落水荘のときがそうであったように、涙がこぼれてきた。なんという幸せか。
つい3月、インテリア設計をやっているという同級生と会話した。
このライティングにどんな感想を馳せるのか、許されるのであれば聴いてみたい
感性がさらに磨かれて、深い感動へと吸い込まれていった
建築士でも設計士でも、ましてや学術を研究する学者でもない。
この気楽さが、勝手気ままに幅の広い美を探求することが許される。
いいものはいい。うつくしいものはうつくしい。行きたい場所へ行く。感謝
バスの時間を気にせずにアンリミテッド。
2周回、たっぷりとコルビュジェのマスターピースを堪能して、ファザードへと下りてきた。
日本語が聴こえてくる。

「ほんとうにこれられたね

」
優しい日本女性の声。
向うからやってきた日本人カップル。若い。

「日本から・・・ですか?」

「はい、東京から。建築の勉強をしていて、サヴォア邸のマケットも作りました。院生です」

「東大…ですね?」
うなずく両名。誇りが漂っていた。
こっちだって「外語大です」と、言おうと思えば言える(←言わない)

「内藤廣先生とかは教えてもらったの?」

「内藤先生はもう退官されていて、ぼくたちは千葉先生のゼミです」
いつか、千葉先生にもあいさつをしないといけないな。
きっと、そんな日が来る気がする。
2年前からの定番となっている『落水荘』経験談でマウントを取って、東大院生に名建築あれこれ。

「建築関係の方ですか?」

「趣味人

」
目をキラキラさせて聞いていてくれた彼と彼女。
時間があれば、たっぷりと建築うんちくを語り合いたかったけれど、それは無粋というもの。彼らの時間は彼らの委ねよう。

「このあと、ゲーリーです

」
悪いものでも食べたらしい。薬を持ち合わせていなかったので、

「お大事に、気を付けて

」とだけ声を掛けて、サヴォアをあとにした。
帰りのバスも、男性なのに無賃乗車
その5分後に起きた事件は、また別の話。
(つづく)

「日本では日本語を喋る努力をしろ」外国人接客への投稿で炎上店主が「お詫びと休業のお知らせ」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7834933
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