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2023年09月16日12:00

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竹久夢二の関東大震災

9/6にNHK-BSで放送された「英雄たちの選択」は『竹久夢二の関東大震災〜100年前の震災スケッチ』。

1923年9/1、関東大震災が勃発した時、竹久夢二は渋谷の自宅にいた。
自らも被災したが、彼は連日、数10kmも歩き回って、変わり果てた東京の町をスケッチし、見聞きした事柄を文章にして添えた。
それは「都新聞」にルポルタージュとして連載される事となった。
タイトルは《東京災難画信》、9/14から21日間に及んだ。
原画は文京区の竹久夢二美術館が所蔵している。
色鮮やかな美人画の夢二にしては珍しい絵で、最近話題になっているそうだ。

4万人が逃げ込み、そのうち3.8万人が死んだ陸軍被服廠跡にも夢二は出かけたが、当初、死体が累々と積み重なるありさまは、あまりの生々しさに描く事ができなかった。
彼の被服廠跡のスケッチは、「最後の死体を焼いている16日に写生したものだ」と脇文にある。新聞に掲載されたのは9/20。
煙の向うにある大きな建物は両国の国技館である。
フォト


9/19の新聞に掲載された《災難画信》は大変に興味深い。
フォト

絵の傍らに載せられた新聞の文章は凡そ以下の通り。
・・・
「万ちゃん、君の顔はどうも日本人じゃあないよ」、豆腐屋の万ちゃんを掴まえて一人の子供がそう言う。
むりやり敵にして追いかけ廻しているうち、真実(ほんとう)に万ちゃんを泣くまで殴りつけてしまった。
子供は戦争が好きなものだが、当筋は大人までが巡査の真似や軍人の真似をして、好い気になって棒切を振りまわして通行人の万ちゃんを困らせているのを見る。
・・・
竹槍を持った自警団遊びがいつの間にか本気になってしまう子供達の様子を描いているが、無論先に始めたのは大人達であって、子供達は大人を真似たのである。
それはともかく、確かにこんな怖い遊びを当時の子供達はやっていそうで、いやあな気持になる。
ただ新聞を読むのは子供でなく大人達であるから、これは大人に向けた社会批判のメッセージとして竹久は描いているのだろう。


解説 石川桂子(竹久夢二美術館学芸員),森まゆみ(作家),高橋源一郎(作家)
ディレクター 佐藤歩
 
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