『人間の証明』の聖地・ホテルニューオータニ。
令和5年6月22日、惜しくも鬼籍に入られた野見山暁治先生の『お別れの会』が、ここ鶴の間で催された。
生まれは大正9年。享年102歳の大往生。
友人代表のあいさつを務めた洋画家・入江観が齢88歳。
高齢化社会のモデルルームのような会場だったけれど、その中でひときわ哀しみを誘っていた山口千里さんの涙
秘書を務め、画伯の養女として受け入れられている。年齢不詳だけれど、68歳と見立ててみた。
会場には2021年、画伯100歳で起筆し、絶筆となった作品が展示されていた。
野見山作品を所蔵しているわけでもなく、単なる一ファン。それでも、多くの展覧会を訪ねて、昨年オープンした福岡の野見山暁治館へも足を伸ばすことができた。
「いつかは会えるだろう」…そんな妄想は叶わずに、お別れとなった。
だからこそ、行きたい場所へ、会いたい人へ、躊躇しない
合掌。
上野。
ありがたいことにロダンの名品が見放題
『主体展』(東京都美術館)
同級生の日本画家が所属している団体の1年展。
コロナくんによる中止以外、ここ数年、毎年通っている。
いわゆるセミプロ。
どうしてだろう。野見山画伯の抽象画には、何かしら感じるものがあるのでだけれど、画界無名の作家さんたちの抽象画に、伝わってくるものがない。
なんて描いてみたけれど、きっと『格付けチェック』で並べられたら、確実にGACKTにはなりきれない
数えたことはないが、14室に300近い作品が並べられている。
山本画伯のアテンドはいただけなかったので、シロウト鑑賞で評論を語り合おう。
プロフェッショナル、セミプロ、そして趣味人。
多くの名もなき画家たちは、美術の教員や絵画教室の講師、或いは一般人。
それぞれがとても素晴らしい作品を描いている。ほんとうに見事なものだ。
『企画展示:私の仕事 いま・むかし⑵』
主体展会員の過去作品と新作の並列展示。
新作は2023年。古くは50年ほど前の作品から20年ほどの前まで、比較して鑑賞するのも興味深い。
最後はハマスホイのような。
『戴冠式』『戴冠式ー光環』(山本靖久)
同級生画伯のいま・むかし。
むかしは祭壇画のような、やや宗教イメージの強い作風に思えて見えた。
そして、いま。
なぜタイトルに『光環』をつけたのか。彼の大作を長い時間眺めていたら、その理由が何となく見えてきた。
作家本人の不在が残念だったけれど、遅れて展示室にやってきたのが、驚くことに浅野修画伯、85歳。
2人にとっては「再会」ということになる。
遠く芽室の地でお世話になった御礼を告げたのち、同級生の作品についての先生の解説を伺った。

「彼(山本)は以前からウクライナを描きたいと言っていた。なるほど、女性の頭に載せている生花冠で、この作品がウクライナへの哀悼ということが理解できる。キャプションを読んでみて、その理解が深まった」
確信的な解説。ありがたい出会いだった。

「ぼくの作品、観てくれたかな?1室にあるよ」
いけね、スルーしていた
『台地(虚と実)』(浅野修)
やはり題材はウクライナ。

「日曜美術館も観ましたよ」と伝えると、とても嬉しそうな笑顔で応えてくれた。人となりが表情に現れている。
いまなお、神奈川県と北海道を往復して、作画活動やボランティア活動を続けているそうだ。
不思議な《じゃがいも美術館》へ思い切って出掛けたのは2年前のコロナシーズン
そのお陰さまでこの出会いがある。
■唯一残った映画館、来春取り壊しへ 福岡・中洲の「大洋映画劇場」
(朝日新聞デジタル - 09月02日 11:21)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7547380
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