1/25(水)、シネマイーラ浜松で『あのこと』を観る。
女性の痛みが身体を貫き、観ていて込み上げるのは何よりも怒りである。
原作は昨2022年にノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー(1940- /フランス)。
女性監督オードレイ・ディヴァン(1980- )は、エルノーが2000年に発表した自伝的小説『事件』(原題;L'Événement)を忠実に映画化した。
1960年代のフランス、中絶は堕胎罪として厳罰に処された時代。中絶だけでなく、関係情報の提供や避妊さえ非合法だった。
労働者階級に生れたアンヌは23歳。
親の理解があって大学に進み、作家を目指そうとしている。優れた理解力を教授に認められ、学位が手に届くかと思われた時、妊娠が発覚。
当時子供を産む事は、学位を諦めて母になるという選択であって、自身の将来を犠牲にする事だった。且つ、産まないための処置は法で許されていない。
アンヌは狼狽する。
考えた末、ともかく産まない決心をし、身をもってあらゆる挑戦をしようとする。
しかし、どの医者も中絶には協力しない。
同じ女子寮の友人等に相談するものの、犯罪になるような事には加担せず、生むしかないと突き放される。
日は虚しく過ぎていき、スクリーン上に、〇週目、△週目と文字が現れる。
知らぬふりをして暗々裏に手立てを仄めかす医者もおり、アンヌはそれに従って試みるも巧くいかない。
協力者もなく孤独なアンヌは、切羽詰まり、とうとう火で焼いた細い金属棒を使いさえする。寮の隣室に聞こえないよう、痛みに叫びを噛み殺すアンヌ。それは胎児だけでなく自分の命迄危険に晒す行為である。
映し出される狭く動揺感のある独特な映像は、まるでアンヌの肩にぴったりついたカメラから撮られたそれのように見える。アスペクト比1.37:1。
カメラは観客がアンヌを鑑賞するためでなく、彼女が1960年代の社会をどう見ているかという視線となっている。撮影監督はロラン・タニー。
エルノーもディヴァンも、思いは社会の不条理を訴える一点にある。
それはアンヌ役のアナマリア・ヴァルトロメイも同じだったろう。
女性も欲望を持ち快楽を求める、それは男性と同じで罪悪でも何でもない。それを女性にだけ罪を負わせようとする社会。聖女として、もしくは母としてしか生きる事を認めない社会の理不尽。
アンヌはラブロマンスのヒロインではない、彼女は謂わば1960年代の社会と戦う「戦士」である。それが3人の内なる共通認識であった筈だ。
厳しく辛い役どころをやり抜いたヴァルトロメイは、これで多くの女優賞を獲得した。
アンヌは万策尽き、とうとう医師免許を持たず裏社会で堕胎を行う女性に接触を持つ事になる。
アンヌ等多くの女性の苦しみを経て、1967年、フランスではヌーヴィルト法ができ、経口避妊薬を使う事が合法となる。
1971年には、人口妊娠中絶の自由化を求める「343人のマニフェスト」がS・ド・ボーヴォワールの起草で作られ、F・サガン、C・ドヌーヴ、J・モロー、M・デュラス、アニエス・ヴァルダ等が署名した。彼女等は「私は中絶手術を受けた」と公言した。
その後も紆余曲折があり、1975年、ヴェイユ法によってようやく人工中絶は合法化された。
一方、日本では経口避妊薬その他がまだ普及したとは言えない状況だし、既に80ヶ国以上で使用されている経口妊娠中絶薬もようやく薬事承認の動きが出てきたばかりと、大変に遅れている。
また、2022年、アメリカの連邦最高裁が「中絶を憲法で認められた女性の権利」とする50年前の判断を覆したのは、驚くべき事件であった。
世界において、妊娠に関わる女性の完璧な権利はまだまだ遠い。
原作 アニー・エルノー『事件』
監督・脚本 オードレイ・ディヴァン
脚本 マルシア・ロマーノ(共同)
撮影監督 ロラン・タニー
美術 ディエネー・ベレテ
衣装 イザベル・パネッティエ
編集 ジェラルディーヌ・マンジェーノ
音楽 エフゲニー&サーシャ・ガルペリン
出演 アナマリア・ヴァルトロメイ,サンドリーヌ・ボネール,ケイシー・モッテ・クライン 他
受賞
ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞
シネリブリ国際映画祭 最優秀文学作品大賞
ルミエール賞作品賞/女優賞(アナマリア・ヴァルトロメイ)
セザール賞最優秀新人女優賞(アナマリア・ヴァルトロメイ)
ラ・ロッシュ・シュル・ヨン国際映画祭観客賞
他 多数
2021年フランス
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