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2022年12月16日23:59

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映画日記『ケイコ 目を澄ませて』

2022年12月16日(金)

『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)
監督:三宅唱
矢場町・センチュリーシネマ

むかし読んだ、ノンフィクションライターの後藤正文が大阪のボクシングジム、グリーンツダジムを取材した作品「遠いリング」で、名トレーナーのエディ・タウンゼントがひとりの新人ボクサー(たしか井岡弘樹だったとおもう)にこう言ったという。

「踏みとどまって、戦え!」

どんなに追いつめられても、逃げずに踏みとどまり、パンチを繰り出せ。
さもなければ、リングの中へ崩れ落ちるしかない。
『ロッキー』を筆頭に、最近の日本映画では『あゝ、荒野』(2017)に『アンダードッグ』(2020)、『BLUE ブルー』(2021)と、いずれも踏みとどまって戦う男たちの物語だった。
さきに「リングに崩れ落ちるしかない」と書いたがあくまでも喩え。
いつになっても青コーナーで、対戦相手はアマチュア出身のエリート、そのデビュー戦で初回こそ少しはパンチをあてたものの次のラウンドでKO負け、それでも三日後にはふだん通りロードワークに走り出すロートルもまた、踏みとどまって戦っているボクサーだ。

前置きが長くなってしまった。
岸井ゆきのが難聴の女子ボクサー・ケイコを演じた本作も、踏みとどまって戦う映画だった。
しかし、その語り口は静か、『ロッキー』のように高らかにテーマ曲が流れるわけでもなければ、『あゝ、荒野』のようにたぎるような熱い激情が画面からほとばしることはない。
『ケイコ 目を澄ませて』はヒロインが、いったんはボクシングの世界から降りようとしたのものの、ふと、もういっぺんやってみようかと踏みとどまる話。
そこには、熱い激情もなければ、センチメンタルもない。
「踏みとどまって、戦え」というほど苛烈なものではないが、「少々しんどいけど、もういっぺんやってみようか」とおもったことは、ふり返ればこれまでの人生の中で何度もあったとおもう。
ボクサーという異形の存在が少しだけ身近になった。
こういうボクシング映画もあるのかと、感心した。

仏頂面でほとんど笑わない岸井ゆきのがとても新鮮だった。
そして、ボクシング映画の要といえばジムの会長やコーチたち。
本作でもコーチ役の三浦誠己と松浦慎一郎の抑えた芝居に好感がもてる。
さらに、なんといっても会長役の三浦友和が渋くていい。絶品。
岸井ゆきのを含めた、彼らを見てると、なんというか人生の機微みたいなものを感じた。
電車が次々とあらわれ光が交錯する夜の鉄橋、綿ぼこりが浮遊するジムの静けさ、撮影も見事。好きな映画だ。


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