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2022年08月26日13:00

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アリス=紗良・オット〜「ザ・ヒューマン」��

(続き)

◆5/22、富山県高岡市の公演に備え、石川県金沢市に到着。
この日は練習に時間を費やす。

4年前、アリスは予想だにしない危機に直面した。
「初めて発作が起きたのは日本ツアーの最中で、それは3週間続いた。唇に痺れの感覚も。
ドイツに帰ってからは、物が二重に見えたりもした。」

2018年9/27のリサイタルの映像が残っている。東京オペラシティコンサートホール。
演奏後、客に礼をするアリスの頬は涙で濡れている。
ドイツに帰国後、多発性硬化症と診断された。脳から体に命令を与える神経の1部が機能しなくなる難病だ。
イギリスの天才的チェリスト ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945-87)はこの病になり、20歳代で引退、42歳で没した。

「多発性硬化症の可能性があるとの診断を聞かされた時は、車椅子の生活になるんだ、もうピアノは弾けなくなるんだ、と思った。
その病気で死ぬかどうかは分からなかったけれども。」

それは多発性硬化症であると明確な診断が下った日だった。
地元ミュンヘンでのリサイタル。
「私が好きなノクターン第13番ハ短調(ショパン)を弾いている時だった。
そのオクターブで弾く左手のところでコントロールを失った。
突然痙攣して、左手が反応しなくなったと感じた。
これ以上続けられないと思い、退場した。
私は床に座り込んで泣きだした。
咄嗟に何が起きたか分からなかった。ショックだった。」

・《アリーナのために》(アルヴォ・ペルト/1935- )
この曲は暗闇の中で演奏する。
アリスはこれに病の体験を重ね合わせる。
「突然新しい空間に入り込んで歩こうとする。
その場所はどうなっているのか?
暗闇なのでゆっくり進もうとするが、すぐには歩けない。
広いのか?、何か物は置いてないか?
新しい現実や環境に適応しようとする時は、きっとこんな感じだ。」

2019年2月、インスタグラムで自分の病状を公表したあと、続けた最新の治療によって発作は現状起きていないとの事。
同年5月、ミュンヘン、あの日と同じ観客を演奏会に招きアリスは演奏した。皆立ち上がり、盛大な拍手を送ってくれた。

「今後また発作が起こる可能性は低いと思っている。
そういう事は考えないようにもしている。
何が起るかは分からない。今回は脊椎がおかしくなった。
弾く力がなくなる事があるかもしれない。
脊椎は、多発性硬化症とは関係なかったけれど、怖かった。
人生何が起こるか分からない。事故に遭うことだってあるかもしれないし。」

◆5/23、富山県高岡文化ホール。
幸い肩の痛みも酷くはなっていない。

5/24、5日振りに東京に戻った。2日間の休みをとる。
5/25、お台場で息抜き。
お気に入りの場所、チームラボボーダレス。
最新のテクノロジーを使ったデジタル映像の中に自分の身体を浸らせる。
アリスは現代の文脈でクラシック音楽を伝えたいと考え続けてきた。
以前ここを訪れて最新映像に触れた事が、今回のツアー企画につながった。
「私達はテクノロジーの進化を無視してはいけない。
ここは私が思い描くコンサートホールのユートピア。」

◆5/26、宮城県仙台市電力ホール。

「仙台がスケジュールに入ると私は嬉しい。
何度も訪れてきたとても思い出のある場所だから。」
アリスは10年前、2012年2月、東日本大震災の土地を訪れた。
津波の被害に遭った学校は「リュックや靴が残っていて、まるで時間が止まったようだった。ピアノは勿論壊れていた。」
アリスは被災地でチャリティコンサートを開いた。
「私は3日間涙を流し続けた。何処へ行っても、地元の人達と話す度に感動した。
人々は内なる強さで微笑み、私はそれにとても驚いた。
音楽は暗い時代にこそ奏でるものだと思う。
音楽は人々に希望を与え、光を与え、人々を慰め、拠り所となる。」

この電力ホールでも、10年前、アリスはチャリティコンサートを開いた。
大勢の前で演奏したアリスは、励まされたのは自分、エネルギーを貰ったのは自分だった、と言う。
10年前にこの会場でアリスの演奏を聴いた人達が楽屋を訪れてくれた。

◆5/27、愛知県名古屋市、愛知県芸術劇場。

アリスのボストンバックは、ドイツに持って帰る日本のお土産でいっぱいになってきた。

「ツアーの時には、ホテルの部屋に戻ってドアを閉め、自分自身を落ち着かせる事がとても大事。
パンデミックもまた、一種の止まった時間を作り出した。私も1ヶ月半その中にいた。
ソファに座り、いろんな事を考え、書き留めた。」
演奏会はしばらくなかったけれども、その間で、アリスは映像と音楽が一体となった演奏会の構想を固めた。
また、人生を振り返る時間ともなったし、書き留めた事が「Echoes of Life」のアルバムの解説となった。

「アイデンティティと国籍の事で私は多くの困難に直面してきた。
暗闇を通って、いろんな坂や谷を通り、ある時、これが私の道だと思うものを見つけた。自分が何処から来たかではなく、何処へどうやって向かうのか、どうありたいか、と考えるべきだって。」

◆5/29、埼玉県の所沢市民文化センター・ミューズ。

アリスはSNSで聴衆の多くからメッセージを貰った、
「今回は、日本人とかドイツ人とかいうようなメッセージは1つもなかった。」

◆5/30、東京赤坂のサントリーホール。

これが今回のコンサートツアーの最後。
左手を労わりながらの旅だったが、持ちこたえた。
いつも通りアリスは裸足で舞台中央へ。

・前奏曲第12番嬰ト短調(ショパン)
アリスにとって、人生の小さな瞬間の集まりだと感じるショパンの前奏曲。

・前奏曲嬰ハ短調(チリー・ゴンザレス/1972- )
自らの体験を重ね合わせた現代曲、そして映像。
「私はこの迷宮の映像が好き。自分の道を見つけようとしている。
迷宮の中で、進むべき方向、人生の道、大人への道を探そうとしている。」

・前奏曲第24番ニ短調(ショパン)
「音楽とは心に直接語りかけるもの。
私達には特別の場所がある。そこでは、言葉、宗教、文化の違いを超えて、人々を結びつける事ができる。」

・《ララバイ・トゥー・エターニティ》(アリス=紗良・オット)
プログラムの最後はモーツァルトのレクイエムをモチーフにアリス自身が作曲したもの。
「レクイエムは未完で、最後の数小節が残っている。そのラクリモーサをモチチーフにして、空に謎を放つような曲を作った。
謎は1つではない。人生にはたくさんの謎がある。」

2022年5月、日本のコンサートツアーは終わった。

聴衆からアリスの病気を気にする声も届いた。
「心配しないで。今回のツアーが最後じゃない。
これからも何度もやってきます。」

羽田空港からアリスは飛び立った。
「どう考えるか、どう行動するか、そして、どう人とつながるか、それが私を私にしている。」

 ディレクター 飯塚純子
 放送 2022年7/30、NHK-BS「ザ・ヒューマン」


ミュンヘンの自宅に着いたアリスより、動画のメッセージが届いた。
「ただいま。
長い旅でした。
今窓から外を見ています。
ミュンヘンの空が見えます。
日本の空と違うようだけど、同じ空なんですよね。」
 
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