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2022年07月30日21:19

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《アート》ふたつの旅、ふたりの旅

7月30日。今日、ここへ行かなければならない理由がいくつもあった。
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『ふたつの旅 青木繁✕坂本繁二郎』(アーティゾン美術館)
開催初日。エスカレーターを上がっていくと、学習室には小学生を対象としたガイドツアーの準備に追われているスタッフが笑顔で迎えてくれた。
蟹座「子ども連れでないとダメですか〜(笑)」
ガイドツアーの参加を熱望したけれど、規格外のアラカンおじさん。
せっかくだからと久留米アートのリーフレットをいただいて、さて入館するか。
ところがここでストップがかかる。
学習室の先にいたのが学芸員で、かつてアーティゾンの開館前のレセプションで、神奈川県からやってきた日本洋画シロウト客に《松本竣介》をレクチャーしてくれたKZKさん。
蟹座「その節(3年前)はありがとうございました」
もちろんKZKさんは覚えてはいない。しかし、話を進めていくと微かな記憶から探り出し、当時のレクチャーを思い出してくれたようだ。
感謝の言葉が尽きなかった。
3年前のレクチャーを切っ掛けに、松本竣介の魅力に浸り、あるものは突如ひとりで桐生・大川美術館へ出掛け、同級生にかなり以前から松本竣介を追いかけていたフリークがいたことを知り、そして松本竣介の聖地・宮城や岩手や青森へと追い掛けた。
松本峻介の深まりが、間違いなく大正時代の日本画家へと深彫りにつながり、そして今日の青木繁に至る。
KZKさんどころか、今日は他にも複数のアーティゾンスタッフと会話を交わすことができた。だから好きなんだ、ブリヂストン。これで何回目の訪館になるだろう。
KZKさんから、ふとウンチクが漏れた。
犬「今日はルノワールの作品モデルとなったシャルパンティエ嬢の誕生日なんですよバースデー」
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誕生日おめでとう。そんな大切な日、アーティゾン美術館に2時間40分入りびたり。

エレベーターでスターティングフロアの6階へと上がっていく。
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倉俣史郎の椅子。
何度も来ているのに、この存在に気が付いていなかった。
その切っ掛けは駒込のギャラリーで拝読した倉俣史郎のガイダンスムック。
これによると、この椅子はブリヂストン本社ロビーに置かれ、きっと役員や秘書の目に触れていたに違いない。そののち、ブリヂストン美術館に置かれていたのだから、サラリーマン時代のおいらにだって、座った過去があったのかもしれない。
美しきミスブランチに再会した数日前。この話題は、また別の話いす

アーティゾンにやってくるたびにこの2枚はシャッターを切る。
代わり映えもしないのに、常に。
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『海の幸』(1904)
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『わだつみのいろこの宮』(1907)
いずれも青木繁作品で重要文化財。
特に『わだつみ』に関しては、その後の青木繁にとって不幸の連鎖の発端となった悲劇の作品。
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わずか28歳で早逝した彼にとって、その悲劇の作品が重要文化財として芸術界に君臨しているとは、なんともアイロニィの厳しい話。
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意識して追いかけているわけではないけれど、コロナくんが吹き荒れた2年前のゴールデンウィーク。3日間の引きこもりに堪え切れず、黒マーチに乗ってあてもなく出掛けた房総半島の布良で、青木繁居住地を管理する夫婦に、とても優しく彼の生涯をレクチャーしていただいた。その記念館は休館していたというのに、わざわざ開けてくれてまで。
昨年、久留米へ出掛けた際は、青木繁旧居において、やはりボランティアガイドさんがとても真剣に彼の伝説をレクチャーしてくれた。
新橋の居酒屋では青木繁を祖父に持つ女将が、そしてその女将を三顧の礼で妻とした大人(うし)が、長い時間を使って話し相手になってくれていた。
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そんな勝手気ままな紀行の想い出を、ふとアーティゾンスタッフと分かち合った。
芸術は深くて尽きない。

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方や、87歳で長寿を全うした坂本繁二郎。
不遇の青木繁とは同郷で同級。同じ「繁」でも、これほどにまで生き様が違うとは。
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坂本繁二郎がいなければ青木繁の作品は散逸埋没していたとも言われている功労者。
彼が、やはり同郷で同じ絵画塾に通っていた石橋大尽を頼って、青木作品の蒐集を働きかける。その出来上がりが石橋財団であり、アーティゾン美術館である。
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『放牧三馬』『放牧場』
坂本繁二郎のモチーフは「牛」、そしてやがて「馬」ウマ
田園調布《みぞえ画廊》の馬絵もステキだった。
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『水より上る馬』(1953)
馬絵の絶品。所蔵は鉄鋼ビルディングとあり、このような企画展でないと鑑賞が叶わない逸品。
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最晩年になると、彼のモチーフは「月」に変わっていく。
そして、若かりし頃の未完の作品に筆を入れて、おそらく終活を急ぐこととなる。
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『幽光』(1969)
そして遺作。

坂本繁二郎遺作の隣に、千葉県布良や福岡県久留米市でレプリカを目にした作品が陽光を放っている。
まさかね。
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『朝日(絶筆)』(1910)
ありえないことだ。(と思っていた)。
所蔵を見ると《佐賀県立小城高等学校同窓会黄城会》
布良や久留米の管理人に伺った話では「高校の同窓会が所蔵となっていて、いまは佐賀県の美術館に寄託されている」として、佐賀県立美術館が展覧会で展示しなければ見られない門外不出と、勝手に思っていた。
本物である。油彩画で、情景は佐賀県の海、そして夕陽。
油のマティエールを見ていたら、ほんとうに涙が出てきた。
「ちょっと、椅子に掛けよう」…1枚のタブローに出逢って、このような感覚に陥ること。決して初めてではないが、頻繁ではない。
アーティゾンのキュレーターに敬意を表したい。
表したいけど、お腹が空いてきた。そういえば、まだコレクション展すら観ていない。

そんな7月30日。3年前にはヘルシンキでビーツを食べていたさくらんぼ



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https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7054214

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