ゴールデンウィークの過ごし方。
混雑が嫌い、行列が嫌い、待ち時間が嫌い、そしてプーチンカスが大嫌い。
引きこもり率の高いマイゴールデンウィークに各駅停車の旅を決める。
《休日おでかけパス》を2,700円ぐらいで買って、一番遠い駅で降りてみる。
これだけで得した気分

栃木県は小山駅で親切なレンタカーを借りて、朝の訪れとともにステキな旅へといざなった

小山市からほんの少し走れば、納豆の国・茨城県。
《健田須賀神社》
結城紬で有名な結城市で日帰り旅の安寧を祈る。ルーティンの神社奉拝。山笑う。
境内社の猿田彦神社は、道開き(道案内)の神様。旅の始まりにちょうどいい。
ちなみに、猿田彦珈琲は伊勢猿田彦神社からの後公認。先にオーナーの奥さんが名付けて、あとから伊勢猿田彦神社の宮司さんがコーヒーショップにやってきて「コラボしよう」となったそう
目的地の筑西市に入る
『生誕150年記念 板谷波山の陶芸−麗しき作品と生涯』(しもだて美術館/板谷波山記念館/廣澤美術館)
メイン・ディスティネーションである廣澤美術館を事前に調べてみると、筑西市内美術館3館がすべて同じ企画展。いわゆる共同開催。
題材が《壺》とあり、いささか興味は薄れていたけど、マイウィッシュに君臨している廣澤美術館を訪ねることが本目的。展示はどうでもいい。が、ここまでの意気込み。
《しもだて美術館》
”ついで”にやってきたはずのしもだて美術館で、その意気込みは圧倒的プラスに変化する。板谷波山、何者たるや。
筑西市は平成の大合併で誕生した新市名。半世紀以上、神奈川県民であるおいらには筑西市がどこにあるのかも知らなかった。この日、下館にやってきて、下館市がなくなっていたことを令和になって初めて知る。
筑西市出身の大彫刻家・板谷波山。波山の号は筑波山からいただいた。
ほかに著名な筑西出身者は、庄内黒川能画家で有名な森田茂、そして一時期この地に滞在していた青木繁を父に持つ福田蘭堂。
受付でスタンプラリーとクイズ解答用紙をいただいた。
ラリーは市内4か所のスタンプスポットを回ると「トートバッグ」がもらえるし、クイズは正解すると「レインボー鉛筆」がもらえるとのこと。
これで入ったやる気スイッチ。もらえるものは何でももらう主義。
(上)『葆光彩磁珍果文花瓶』(大正6年/国指定重要文化財)
(下)『葆光彩磁珍果文壺』(大正10年)
『葆光』という、これまでも観てきたであろうが、あまり気にかけなかった彩色の手法で焼かれた葆光彩磁が、霞に煙るルーアン大聖堂のようにとても美しい
特に本展覧会のマスターピースである花瓶前で鑑賞をしていると、セキュリティスタッフが(まるで手を引いて案内するかのように)

「この資料もご覧あれ」とガイダンスを始めてくれた。

「2億円ですよ

」
いきなりおいらの全財産を見透かしたかのようなセリフののちに、ふたたび手を引くかのように(←引かない)重文の作品前に招かれた。

「2億円の価値があるそうです。絶対に壊してはいけないので、免振装置をあらたに作りました。それが300万円。あと、専用のこのケースが50万円

」
美術館に似つかわしくないマネーの話。おいらの素性がばれたのか。(←ばれてない)

「もしかして、館長さん…ですか?」

「いやいや、私なんか美術には全く疎かった教育委員会のものです。今日は、お手伝いで監視員をやってます。ただ、この予算計画に大きく携わったもので…」と、少し恥ずかし気に目を伏せた。
なるほど、この作品1体に掛けた予算。これを誰かに話したかったんだね。
少なくはない鑑賞者の中で、よくぞおいらを選んでくださった。マネーの匂いがしたのだろう
《板谷波山記念館》
しもだて美術館から歩いても5分ほど。
北区田端にあった波山自家製の工房を移築し、彼の功績をここに讃えている。
そして、圧巻は波山と筑西市、ゆかりの品。
陶芸家として成功を果たした波山。60歳の時から20年間にわたり、地元民で80歳を迎えた人たちに自作の《鳩杖》を傘寿のお祝いに贈る奉仕活動が紹介されている。
ここでもセキュリティスタッフのおじさんが、笑顔で話しかけてきてくれて、本物の鳩杖を手に持たせてくれた
さらに驚いたのが、昭和12年ごろからの支那事変から最悪の結果となった第二次世界大戦終戦まで、戦没者となった地元民遺族に贈った200数十の手彫りの観音像。
これまで、様々なところで、多くの篤志家たちが行った寄付行為や奉仕活動を知ってきたが、ここで知る板谷波山の類まれな行動を聞くにつけ、感動があふれ、そして、その芸術家のことを生涯忘れない記憶を植え付けた。
作家の年表を読んでいけば、家族を飢餓に遭わせてまでストイックに作品を焼き続ける…−楽天家のおいらからすればー、とんでもない自分勝手なクソ野郎かとの印象を持っていたのに、スタッフのガイドでその概念は180度転換した。

「波山は自分が作ったものであるとの証拠に木箱に1つ1つ署名朱印して、観音像を贈りました。もうその頃は一流の陶芸家でしたから、収集家やギャラリーの連中がその観音像を求めて、戦没者の家族に対して売ってくれるよう頼んだそうです」
下館町の遺族のために作られた観音像は200数体。

「終戦の不景気や、しかも稼ぎ手である家主が戦争に取られた家庭もあったようで、中には観音像を手放した人もいたようです。それを聞いた波山は、全く怒ることもなく、自分の作品が彼らの生活の糧になって良かった、と語ったそうです」
誰でもできることじゃない。
ただ、アートの世界では、例えば奈良美智にしたって自分の作品をオークションにあげることでウクライナ支援を始めている。
誰でもできることじゃないが、できる人はやっている。できる限りのことはやってみよう。
板谷波山、筑西にあり。
(つづく)
■2週間天気 ゴールデンウィーク後半は行楽日和 夏日の所も 沖縄は梅雨入りへ
(日本気象協会 - 05月02日 12:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=174&from=diary&id=6943269
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