先日のstay home。
クソヒマ時間にMXテレビをザッピングしていたら麻雀中継が放送されていた。
https://abema.tv/video/episode/444-4_s30_p228
『Mリーグ2019』
ピンク色のユニフォームを着た可愛らしい女子プレーヤーに嵌り、結局、40分半荘を真剣に観てしまっていた。なかなか面白い。
そういえば、ここ数年、全くパイに触れていない
一体、何年ご無沙汰していることか。
同級生女子がカルチャークラブで競技麻雀を始めたからと、いつか卓を囲める日が来るかもしれないが、今さら鉄火場に足を踏み入れる勇気はことさらない。
我が麻雀人生は11歳、小学校6年生からの始まり。
公営競技マニアだった父は、なぜか麻雀をせず、家庭では将棋、百人一首、花札が年末から正月にかけてのルーティンだった。
教えてもらったのは不動産建設業の父を持つ同級生F。
彼がませていたのには理由があり、上に5人の姉を持つ大家族。そして、血の気の多い職人さんが出たり入ったりと、麻雀は習わぬ門前の小僧。
そんな彼に、転校してきたばかりのクラスメイトKと、何となくルールを知っているという時計屋の息子Oを引き入れて卓を囲む。
そもそもギャンブル好きな川オスが、嵌らないわけがない。(←嵌る)
誰よりも本を読むのが好きで、研究熱心(自称)なのだから、すぐさま必勝本を熟読してメキメキと腕を上げ、11PMの小島武夫を勝手に師匠と仰ぎ、ぶっこ抜きや元禄積みを習得し、中学に入るころには敵知らず(←自称2)。
映画代を友人たちから合法的に巻き上げて、そんな生活がその後、大学時代まで続いていく。当時のレートは点1から点5がやっとのこと。黒川以下。
ぎみあぶれいくで活躍した古川凱章や灘麻太郎などの麻雀新選組に憧れ、そして阿佐田哲也の小説を完読。高校時代はプロ麻雀師を目指して、月に一度、四ツ谷の競技連盟に足を運び麻雀認定段位をとる始末。四ツ谷のとんかつやが美味しかったな。
いよいよフリー雀荘に顔を出すようになって点ピン麻雀で小遣い稼ぎ。
法務省が「点ピンで動くお金は3,000円ぽっち

」だとうそぶいていたが、そんなわけはない。
ハコテンになればチップ3枚を喪い、リーチ一発、赤2枚、裏ドラ3枚なら、6枚のチップが飛んでいく。ちなみにチップは1枚1,000円。これにウマが乗るのだから、点ピンであろうと、半荘で10,000円は軽く飛ぶ世界。
これでも合法なので、ありがたいこと、この上ない。
ビジネスマンになると、いつの間にかレートはリャンピンに跳ね上がり『2の2・4』、チップ1枚1,000円でも、ハコテンになれば20,000円のロスとなる。
バブルが吹っ飛ぶとともに、自分のいた業界ではゴルフ接待と麻雀がご法度となり、いつの間にか職場麻雀は過去の遺物となった。というよりも、大卒で入ってくる新人たちが麻雀を知らず、新しいメンバーが入ってこない。もはや過去の遺物、昭和の化石。
テレビで久しぶりに見た競技麻雀。
上がった役を見て、まだ点数を言い当てることができたので、どんなものだと一人ごちた。
賭けマージャンをやったことで、小学〜高校まで同級生だったIくんの母親から接触禁止を言い渡されたり、ビジネスシーンでは上司からかなりの

を巻き上げ「もうお前とは口を聞かない

」と三下り半を叩きつけられたり、友人が店長をしていた雀荘ではヤクザ屋さんに取り込まれ怖い想いをしたりと、思い出すと懐かしい。
いつか機会があるなら、新聞記者さんと卓を囲んでみたいものだ。
帰りにハイヤーが待っているのも心地よい。
合法のようだし、何かあっても安倍ちゃんが責任をとってくれるようだし。
■「パチンコ、県越えても」6割=給付金使途に懸念も―依存症経験者調査
(時事通信社 - 05月22日 14:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6091473
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