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2020年01月21日00:06

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葵トリオ リサイタル / アクトシティ浜松音楽工房 (改)

1/19(日)、アクトシティ浜松音楽工房ホールで催されたピアノ三重奏「葵トリオ」のリサイタルを聴きに行ってきた。
まだ名前を知っている人は少ないだろうが、彼等は2018年のミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で優勝した。
このコンクールは、何部門にせよ1位ナシという事も多く、難関として知られている。
この時も、1位が葵トリオで、2位ナシ、3位に2組という結果だった。
恐らく葵トリオと2組の3位の間はパフォーマンスとしてかなり開きがあったのだろう。
室内楽では日本人団体として初という快挙である。
私も聴いた事はなかったが、このニュースを知り、是非聴いてみたいと思って早々に前売り券を購入した。

メンバーは、ピアノ;秋元孝介、ヴァイオリン;小川響子、チェロ;伊藤裕。2016年結成。共に20歳代後半の若手である。個人の経歴を見ると、ソリストとしても様々な受賞をしてきたようだ。
メンバーの頭文字A,O,Iを取って「葵トリオ」と名付けたとの事。
既に優勝記念のCDが1枚出ている。

参)https://tower.jp/article/feature_item/2019/04/03/1102

現在、拠点はドイツに移し、トリオ・ヴァンダラーのV・コック、フォーレ四重奏団のD・モメルツに師事している由。
そのコックは「音楽の友」誌で以下のように彼等を評している、
…「とても高い個々の技術を備えた3人の素晴らしい奏者」、そして「ピアノ三重奏としてのサウンドと精神」、優れたピアノ三重奏を形成するこの2つの要素が完璧なバランス…と。

そして、 創刊1890年、英国の信頼ある音楽誌「The Strad」は、
…幅広いレパートリーで、類い稀な程多才であり、優れた洞察力を伴った演奏を披露…と。

1/19 当日のプログラムは下の通り。

1) ピアノ三重奏曲第3番ハ短調Op.1-3(ベートーヴェン)

2) ピアノ三重奏曲第2番ハ長調Op.87(ブラームス)

 〜休憩〜

3) ピアノ三重奏曲イ短調(ラヴェル)

それぞれの作曲時期は、1)は資料が少なく不明確な部分もあるが、恐らく1793〜94年、ベートーヴェン23〜24歳、2)が1880〜83年、ブラームス47〜49歳、3)は1914年、ラヴェル39歳、という事になる。(参考資料;A,B)

ウィーン古典派、ロマン派、印象派(既に20世紀に入っている)と、時代も性格も異なる大曲で、これらを葵トリオがどう演奏するのか、大変に興味深かった。

聴いて先ず驚いたのは、これ程に大きく異なる曲を、彼等の演奏は音も音楽も一点の迷いがない。若いにも関わらず、この迷いのなさは一体何処から来ているのだろうか、という点だった。
それは、恐らく、「The Strad」誌が書いているように、相当に幅広いレパートリーを持っている事からきているのではないか。

CDは1枚だけなのでチェックするのも困難だが、ミュンヘン国際音楽祭で彼等が演奏した曲を、収録映像によって調べてみた。(参;C,D)

〈セミファイナル〉
・ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第4番《幽霊》
・ミロスラフ・スルンカ 《ピアノ三重奏のための絵文字,いいねと着メロ》

〈ファイナル〉
・シューベルト ピアノ三重奏曲第2番
・ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ 《ピアノとヴァイオリンとチェロのための室内ソナタ》

ミロスラフ・スルンカというのは、殆ど詳しい事は分からないが、現代チェコの作曲家らしい。まだ30歳そこそこ。21世紀の若手作曲家と言っていいだろう。
タイトルは翻訳がこれで合っているかどうか自信はない。
3楽章あって、収録映像によると、ピアノは響板の中の弦を直接弾いたり、押さえながら鍵盤を弾いたりしていた。

ハンス・ヴェルナー・ヘンツェはドイツの作曲家で2012年に亡くなっている。
オペラから交響曲を始めとして、20世紀後半に活躍した大作曲家と言っていいだろう。
5楽章の大曲である。

第1次予選で弾いたのはハイドンの第27番。
このハイドンとファイナルのシューベルトは、発売されたCDにカップリングされている。
第2次予選その他のプログラムは調べる事ができなかった。
確かに、時代と言い、作曲家と言い、幅の広い選曲をしている。
20世紀と21世紀のドイツとチェコの音楽と古典作品を、臆することなく見事に演奏し切っていた。

今後の話になるが、サントリーホールの「チェンバーミュージックガーデン2020」のシリーズでは、6/10,14,18と3日間かけて、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲全9曲を演奏する事になっている。これまた凄い。
ベートーヴェンにはナンバー付きのピアノ三重奏曲が7曲あり、その第7番目が《大公》という最も有名な曲。他に変奏曲が2つある。
このシリーズはベートーヴェン生誕250年記念を謳っており、他に、サントリーホール館長でもある堤剛がチェロ・ソナタ全5曲、アトリウム弦楽四重奏団が6日間かけて弦楽四重奏曲を15曲全曲演奏する。
錚々たる顔ぶれに伍して葵トリオも入っている。こちらも凄い事だ。彼等に対する期待の大きさが分かろうというものだ。

話しが随分膨らんでしまった。
私が聴いた当日のプログラムと演奏について、少しばかり触れておこう。

ベートーヴェンのピアノ三重奏曲はOp.1-3となっている。ベートーヴェンの作品番号1が付いた、音楽史的にも大事な曲である。3曲あって、これがその内の最後の曲。
当時ベートーヴェンはハイドンに師事していた。
3曲の初演は、パトロンであるリヒノフスキー侯爵邸で行われた。
ハイドンはその場にいて、第1と2番については評価したが、この第3番については褒めなかった。
ハイドンの時代、室内楽曲は機会音楽であったから、親心として、新進作曲家であるベートーヴェンに短調の曲はなるべく作らないように、楽章は3つ迄にするように、と諭していた。
ところが、この3曲は全て4楽章制で、調は1番が変ホ長調、2番がト長調、そして3番はハ短調である。
冒頭の第1主題も、後半のモチーフを繰り返して展開する手法は、独創的なものだが、ハイドンからすると(即ち当時の貴族の一般的嗜好からすると)、ヘンな感じだと思ったに違いない。
そこで、1,2番はいいが、3番は出版しないように、とハイドンは釘を刺したのである。
ところがベートーヴェンはこの第3番が一番気に入っていたため、ハイドンが自分の才能に嫉妬していると思った、と言われている。
そのせいか、この作品番号1の記念すべき3曲は師ハイドンに献呈せず、リヒノフスキー侯爵に捧げられている。(参;A)

葵トリオは、このまだ若いベートーヴェンの作品から、決然とした雰囲気と、ウィーン古典派らしい優しさとを醸しだしていた。

第3楽章はメヌエットになっている、第1と2番では既にスケルツォになっているのに。ただメヌエットと言っても、ハイドン,モーツァルト迄の優雅な舞曲という感じは全くしないが。
それにしても、メヌエット後半のトリオ部分の出だし、あの突然の16分音符の下降スケール、あれは一体何だろう。

ブラームスの第2番、これは47〜49歳、円熟期の作品である。簡潔にして簡明、ある人は「1音符たりとも多過ぎたり少な過ぎたりせず」と評している。(参;A)
ハ長調だが、最初の主題の出だしから、もはやブラームスの特徴あるくすんだ色をしている。
第2楽章はアンダンテ・コン・モトの主題と変奏。
前のベートーヴェンの曲も第2楽章はアンダンテ・カンタービレの主題と変奏で、ヴァリエーションは同じく5つある。
全体が急・緩・急・急、4楽章のスピード設定も同じ。
ブラームスはこのピアノ三重奏曲を書くに当たって、ベートーヴェンを大分意識したのではないか。
第2楽章のイ短調の主題はハンガリー風の悲愴な感じがある、独特なものだ。(参;A)
第2変奏のヴァイオリンとチェロの短い溜め息のような掛け合い、技巧的には何という事もないが、こんなセンシティヴな部分も素晴らしい演奏をしている。

ラヴェルのピアノ三重奏曲は1曲しかない。
この曲は1914年、つまり第1次世界大戦の年に書かれている。
ラヴェルも兵役があって、前線に行く事が分かっていた。そこで、書きかけだったこの曲を、召集令状が来る前に一気に仕上げたのである。
ラヴェルは友人への手紙で「5週間で5ヶ月分の仕事をした」と書き送っている。(参;B)

この曲にはピアノの極めて低い音域がよく使われている。
第1楽章はバスク地方の民謡的な8/8の歌であるが、ピアノの左手は構わずに低いホ音を打ち続ける。
第3楽章はラルゴのパッサカリアで、ピアノが低い音域のメロディを単音で歌う。
放っておくと、どんどん低い方へ滑り込んでいってしまうような気配がある。
これら低く暗い音は、私には、第1次大戦で前線へ行かねばならない男の絶望的な心理のように聴こえてならない。

実際、ラヴェルにとって第1次大戦は運命的なものだった。
大戦中の1917年には最愛の母が亡くなる。ラヴェルの創作意欲は極端に減退する。
戦後はその上に1927年から記憶障害や言語症に悩み、1932年には交通事故に遭遇して症状は更に更進する。文字も楽譜も書けなくなってしまう。それでも1920年代後半には、《ボレロ》(1928)や2つのピアノ協奏曲(1929-31)等、研ぎ澄まされた玉のような名品を残した。
1937年には脳の手術をするが、失敗と言わざるを得ない。(参;B)

この三重奏曲では、第1楽章の8/8、第2楽章にはヴァイオリンが3/4、一緒に弾くピアノが4/2、また、第4楽章には5/4や7/4等のヘンな拍が次々現れる。
楽譜を見るとリズムは随分複雑だが、葵トリオのメンバー達は、大きく身体を揺り動かして呼吸を合わせ、ぎくしゃくした感じを一切させない。
第4楽章はピアノが激しく躍動し、弦はハーモニックスのアルペジオや、気味の悪い程に長いトリル等、技巧的な装飾を受け持つ。
ラストはこれらが一つになって燃焼するニッケルのように、火花を跳ね散らし、一気に燃え尽きる。
葵トリオは、ベートーヴェン,ブラームスのような様式感覚とは全く違う音楽を聴かせてくれた。

アンコールは、聴いた事のないクララ・シューマンの最高傑作と言われるらしいピアノ三重奏曲Op.17より第3楽章アンダンテのうっとりするロマンス。


全曲演奏終了後、アフタートークの時間がセットされた。
客からの質問に答えた彼等の話を極く簡略に書くと、

・・・

結成して約3年、浜松では初めて演奏する。
3人共関西出身なので、これ迄は大阪と東京を往復する事が多く、今回浜松で初めて新幹線を下りた。
コンクール優勝のおかげで、いろんな都市から声がかかるようになり、嬉しい。

小さなホール(収容約200人)で客との距離が近く、いい雰囲気で演奏できた。

リーダーは格別いない。
誰かに決めてそれについていけばいいという形でなく、3人それぞれが主役で脇役、そういう形がいいと思う。

チェロの位置に工夫がある。師の教えもあり、試行錯誤してこの位置関係になった。
普通の3重奏では、ピアノを中心にして、ヴァイオリンとチェロが左右に分かれ、少しずつ内側を向く扇形になるが、葵トリオのチェロは、ピアノの鍵盤の真横の位置に、殆どまっすぐ客の方を向いて座る。
ピアノとチェロはアイコンタクトをとりにくい位置関係になるが、これなら繊細なチェロの音がピアノとヴァイオリンの陰に隠れてしまう事がない。
コンタクトは、見えなくとも極く自然に空気感で取れる。
あんまり見合い過ぎると、却って音楽のスタートがぎこちなくなってしまう。
3人で培ってきた、座り位置とコンタクトの仕方だ。

選曲もリーダーと同じで、誰かが決めるというのではない。
今回はベートーヴェン生誕250周年という事で、ベートーヴェンは1曲いれようと。
他は、曲の雰囲気とか音楽性等、かぶる事のないようにバランスを考え、相談して決めた。

・・・

トークのあと、最後にもう1曲。
CDに入っているハイドンの第27番、その第3楽章フィナーレ・プレストをサービス。

大きな拍手で素晴らしいリサイタルは終わった。
今後の活躍に、期待が膨らむ







〈参考資料〉
文献;
A) 『最新 名曲解説全集 第12巻 室内楽�供�
〜ベートーヴェンピアノ三重奏曲
執筆 大木正興
〜ブラームス ピアノ三重奏曲
執筆 門馬直美
発行 1980年/1988年 音楽之友社

B) 『最新 名曲解説全集 第13巻 室内楽�掘�
〜ラヴェル ピアノ三重奏曲
執筆 北沢方邦
発行 1981/1989年 音楽之友社

Web;
C) ミュンヘン国際音楽コンクール2018公式ホームページ〜ピアノ三重奏セミファイナル 葵トリオ

D) 「YouTube」〜『葵トリオ/ピアノ三重奏ファイナル/ミュンヘン国際音楽コンクール2018』

CD;
『ベートーヴェン ピアノ三重奏曲』
演奏 D・バレンボイム(pf),P・ズーカーマン(vn),J・デュ・プレ(vc)
収録 1969〜72年

同
演奏 スイス・ピアノ三重奏団
収録 2015年/スイス

『ブラームス ピアノ三重奏曲』
演奏 L・フォークト(pf),C・テツラフ(vn),T・テツラフ(vc)
収録 2014年/ベルリン

同
演奏 ミュンヘン・ピアノ三重奏団
収録 2008年/ミュンヘン

『ラヴェル ピアノ三重奏曲』
演奏 スメタナ三重奏団
収録 2013年/プラハ

同
演奏 F・ブラレイ(pf),R・カピュソン(vn),G・カピュソン(vc)
収録 2001年
 
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