ある日、自宅に戻ると同級生の日本画家からDMが届いていた。
結果的に連日の上野通いとなってしまったが、好きなことは何一つ苦でもない。
マイライフベスト邦画『肉弾』を観たのはいつ頃だろう。
おそらく高校生時代、或いは大学生時代。テレビで初見して、終戦記念日の文芸坐で再見だったような記憶がある。おそらく、間違っているけれど。
大げさなことを言えば、人生感を変えてしまった映画。
今の「すべてを許容できる自分」があるのは、実は映画『肉弾』のおかげと言い切ってもいい。
”あいつ”が仲代達矢のナレーションを借りてつぶやく言葉。
「たいしたことはない。ほんとうに大したことはない。」
戦争真っ只中。あと数日すれば人間魚雷となって出陣する”あいつ”にすれば、目の前で起きることなど、ほんとうに大したことはないのだ。
反戦映画トップクラスのこの作品を(テレビではなく)映画館でしっかりと胸に刻んで鑑賞した翌日から、戦時中の”あいつ”に比べれば、今の環境は「たいしたことはない。ほんとうに大したことはない」。
たかが1本の映画で、ここまで芯を据えて生きるように、いや、生きられるようになった。
それから自分自身、かなり多くのことにストレスがなくなり、怒ることすら忘れる人間に(成長)した。
何ごとにも怒りをもって生き抜く人々にとってみれば、こんなこと「成長」と呼ぶにおこがましいが、自分自身の中では、これこそが成長だった。
もちろん、持って産まれた性格や資質、或いは優しい両親に育てられた環境も通底にはある。
さて、手元に届いたDMを眺めてみる。驚いた
”あいつ”を演じた寺田農が、展覧会の講演にやってくる。
寺田農と書いて「てらだ・みのり」と読むことは、学生時代から知っている。
連日の上野。行かないわけがない(←行く)
目的地は東京都美術館、ただ一つ。
それなら寄り道も自然に浮かんでくる。
創業320年を誇る豆腐料理屋《笹乃雪》で、豆腐三昧の懐石に舌鼓を打って、あんかけ豆腐の2杯並べに疑問を抱く。これは毎度のこと。
まだ画伯との待ち合わせには早いとなれば、mixi日記を綴る切っ掛けを作ってくれた正岡子規にごあいさつ。
子規庵のボランティアさんが、これまたとても優しくて、他のお客さんをほったらかし(当社比)にして、ビデオをつけてくれたり、丁寧に解説をしてくれたり。
川オスの子規好きが伝わったのだろうか。ありがたい
『病床五尺七寸』が、川オスのデジタル日記本格スタートとなったタイトルであるが、公開することすら恥ずかしい。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1384763672&owner_id=8666179
まるで小学生の日記のようだ。穴があったら入れたい。
東京都美術館、14時。
念のため講演するホールの場所を確認しに行くと、観音扉をあけて現われたのが寺田農ご本人。『肉弾』から50年経つのだから老人の成りは当然だが、それでもダンディよろしく白のスーツに白ハットをかぶり、オーラだけがただよってくる。
付き人のように左に立つアーチストが、なんと我が同級生画伯。
まずは、画伯に手をあげてハイタッチ。そのあと、なにをとち狂ったのか寺田農に対して、

「のちほど、講演を拝聴させていただきます」とごあいさつ。

「(誰やねん、あんた)」口には出さなかったが、表情は語っていた。
寺田農は、そのまま先に展示室に消えて域、講演まで1時間。
「じゃ、展覧会へ」との誘いに乗って画伯を連れて本人作品のアーチスト生ガイド。
2.5m×2.5mの不定円形大作。

「今回は動物がいないね

」

「そうだね。10月に子どもをテーマにした展覧会があって、それを見込んで描いたからね」
常にポケットにスケッチブックを忍ばせて、気がつけばデッサンやメモを取っているそうだ。
mixi日記を書くためにメモすら取らず、思いつきのまま書き流す誰かとは圧倒的に熱量・力量が違う。誇り高き同級生である。

「15の展示室があるから、周っておいで。寺田さんの講演、人気あると思うから20分前ぐらいにホール来てね」。承知した。
素人なのかセミプロなのか、毎年鑑賞する《主体展》の完成度の高さに惚れ惚れする。
川オスよりも少しだけ上手な作品が、ゲップを吐くほど展示され、口の中が豆腐臭。
かなり急ぎ足でまわった15室、マイベストの幾つか。
『後悔』・・・生卵を割ると君が頭を抱えて現われた。
この作品を観たときに、川オス長女の学生時代の作品を思い出す。本邦初公開。
たまごを割るとマリオが暗黒の彼方へと堕ちていく。
3.11で心を痛めていたときの彼女の作品は、常に背景が黒かった。
心優しい娘である。
たまたま同じ展示室で鑑賞していた知らないおばちゃんが、おいらに向かって「これ良いわよね〜

」と推奨してくれたシュールなアート。おばちゃんは、特にキリンがお気に入り。
意外とおいらも、キリンが好き。
作品名の『さて・・・』が気に入った。
こちらもやはり、同じ展示室にいた知らないおじさんと会話する。

「さて・・・のあと、なんでしょうね。私(←おいら)は、帰るかな・・・ですかね」

「△♯○■♭⇔◎・・・」
おじさん、なんか言ってたけど、聞き取れず
マイベスト主体展2019がこれ。
猫を取り囲むネズミ100匹。額装までネズミが這い出て、ついには床にまで落ちていた。
マーベラス
14時40分。まるでワイフさんのような早足で展示室を一巡して講演ホールへと向かう。
画伯を探したら、MCさんのそばで談笑中。

「一緒に聞くよ

」と、高校時代の同級生が並んで"あいつ”の講演を聞くことになった。いいよね、こんなシーン。
テーマは『父、寺田政明と池袋モンパルナス』。
寺田農の父・政明(1912-1989)は、池袋モンパルナスなる若手芸術家グループの中心人物にあって、著名なシュール派の日本画家。
まるで「人間万事塞翁が馬」を地で行ったように、7歳のときに蛍採りでガケから落ちて歩行が不自由になる。これで、徴兵を免れたが戦場画家としては従軍したようだ。
パワーポイントを巧みに操り、渋いボイスで立て板に水。
この11月で、父の生きた年齢と歳を重ねるそうだ。
父や父の友の絵画作品の数々と、当時交流していた画家の数々がスクリーンに現れる。

「知ってる作家さんが多くなってきたぞ

」
現役画壇の画伯を横にして、なんと睾丸鞭、否、厚顔無恥な発言か。
麻生三郎、吉井忠はもとより、竹橋の美術館でよく出会う靉光や、同じ竹橋の美術館で展覧会があったばかりの福澤一郎、池袋モンパルナスの名残り熊谷守一、さらには10月のアーティゾンで学習する予定の松本竣介などなど。
同じ題材で講演をこなしているのだろう。まるで川オスの講演のように規定時間3分前にきっちりとエンディング。
同級生とともに拍手で感謝

「時間があるので、質問があれば

」
なんということだ。もしからしたら”あいつ”に対しておいらの声が届けられるというのか。
そんな僥倖を脳裏に描いていたら、1人、後方で質問が飛ぶ。

「展覧会名の《主体》ってぇ〜、北朝鮮と〜、関係があるんですかぁ〜?

」
なんとも失礼でお花畑な質問を放ってくれたものである。
会場全体が凍りつき、明確な答えを持ち合わせない寺田さんからMCが回答を引き取って、常識的なアンサーでその場が流れていく。

「(質問、するね)

」
画伯とアイコンタクトで許しを得て、挙手してマイクを持つ。
講演のテーマである父のことと、個人的な憧れである『肉弾』のこと。
いや、肉弾については寺田さんが自ら「せっかくだから」とサービスアンサーしてくれたものだ。
凍りついた会場を、どうにか寺田農の華やかなスタートークで幕引きができた。
『肉弾』で育ててもらった”あいつ”に、ほんの少しご恩返しをした気持ち。
素晴らしい時間を共有した。たいしたもんである。

『シルバー川柳』入選作発表、「メルカリで 誰も買わない ワシの服」など自虐とユーモア満載
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5776064
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