mixiユーザー(id:3341406)

2019年09月02日22:26

363 view

森美術館 「塩田千春展:魂がふるえる」〜その1

(続き)

8/28(水)、サントリーホール・フェスティバル2019で歌劇《リトゥン・オン・スキン》を鑑賞したのち築地に戻り、あちこち歩いてたまたま出逢った沖縄料理店竹富屋で一杯。
アニエスの心臓を食すシーンを想い出しつつ、海ぶどう、やきとん、島豆腐厚揚げ等。〆て2,300円程だったか。
22:30頃にはホテルKに帰った。


2日目、8/29(木)の朝が来た。
広い窓を一気に開けると、曇り空だが、昨日よりはマシだ。雨は降っていない。
10:00、チェックアウト。
まず東京駅に寄って荷物をロッカーに入れ、地下鉄を乗り継いで六本木へ。
森美術館に入ったのは10:30過ぎ。

開催中の展覧会は「塩田千春展:魂がふるえる」。

・会期 6/20〜10/27

現代美術で世界に名を知られる事となった塩田千春(1972- )の25年に亘る活動を(絵画やドローイングからスタートし、写真,パフォーマンス映像,舞台美術,大型インスタレーション,立体造形等により)、網羅して観る事ができる稀有な機会だ。

塩田千春は今ベルリンに在住。
本展が25年間で308回目の展覧会になるとの事で、猛烈なエネルギーで世界を突っ走ってきた。

本展で彼女の芸術世界を時系列で概括すると、京都精華大学美術学部1年生、油画専攻時代の抽象画《無題》(1992/20歳)からスタートしている。
平面絵画に限界を感じ、油画を辞める決心をして、オーストラリア国立大学キャンベラ・スクールオブアートに交換留学生として渡る。
その時の《絵になること》(1994/22歳)は、パフォーマンス型インスタレーションで、自ら鮮血の如き絵具を頭から被りカンバスの前に立つ。
絵を描けなくなって鬱屈としていた時間に心中に溜めていたものを吐き出し、過激なパフォーマンスで自らを解放した。

1996年24歳の時ドイツに渡り、ハンブルク美術学校に入学。1997〜99年にかけて、ブラウンシュバイク美術学校で、マリーナ・アブラモヴィッチ(1946- )に学ぶ。彼女は、自分の身体に暴力を加えるような一層過激なパフォーマンスで知られる。
当時の《トライ・アンド・ゴー・ホーム》(1997/25歳)では、4日間の絶食ののち、大地と同化するイメージの中に自らの肉体をヌードで置いた。同化するとは交わる事であり、生と死のサイクルに飛び込む事だったろう。
「生と死」という彼女の人生の一貫したテーマがここに芽生えたと見る事ができる。

日本デビューを果たしたのは、《皮膚からの記憶》(2001/29歳)である。
高さ13mにも及ぶ大きなドレスを5着手作りし、それを泥まみれにしておいて上からシャワーを流し続けるというというインスタレーション。
「皮膚」とは、自身と外部との境界である。ならば、「衣服は第2の皮膚」とも言える。
「汚れ」はその衣服に残された、過去にこれを着ていた人間、そして今はここにいない人間の「記憶」である。それは、水で流そうとしても消え去る事はない。
「生と死」のテーマは「内と外」、「不在と存在」に深化した。
こうして、今の塩田が形作られていったと概観される。

冒頭の小品の角を曲がると、大きな部屋を眼の覚める程真っ赤な色が占めていて、観客は驚かされる。

フォト

フォト


《不確かな旅》(2016/19)では、スチールで枠を簡単に造られた6艘の船が床に置かれ、それと壁や天井を赤色の毛糸が1本1本縦横無尽につなぎ合わされている。
最初は毛糸だと思わない、船から炎が燃え広がっているようにも錯覚され、圧倒される。
毛糸はその集積度によって濃淡が作られ、遠近感も表現される、また可視化されたエネルギーのようでもある。隙間からは、壁や天井、照明の光、その向こうに歩く人達が覗く。
大海原に漕ぎ出た小さな船は行く先も分からず、浮遊している、まるで現代人の魂のように。
これはヴェネツィアビエンナーレ国際美術展2015で日本館のメインとなった作品《掌の鍵》の発展形である。
毛糸は何と全部で280kmにも及ぶとの事だ。

(続く)
 
2 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年09月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930