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2019年05月12日22:36

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世界初演 歌劇《紫苑物語》

3/25(月)、NHK-BS[プレミアムシアター]で、この2月に世界初演されたばかりの歌劇《紫苑物語》が放送された。その録画を、数日かけて見た。

大野和士は昨2018年9月に新国立劇場オペラ芸術監督に就任するに際して、日本人作曲家による日本語の新作オペラ上演を公約した。
その創作委嘱作の第1号がこれである。

音楽と言葉、その韻律とリズムの融合という困難なテーマは、西洋に比し、まだ日本の音楽史では極く浅いと言わざるを得ない。
これを乗り越える一大事業を、大野は企図したのである。

大野は、モーツァルトとダ・ポンテの奇跡的なコラボレーションを念頭に置いて、作曲家に西村朗、台本作家に佐々木幹郎を指名した。
勿論2人の人間を会わせればそれができるとは考えなかった。
これに、演出家の笈田ヨシと音楽監修 長木誠司と自身を加え、5人で言わば宝石を磨くための場を設定し、何回も激しい本音の議論を続けた。それは、歌とピアノ譜、謂わば歌劇の設計図面が完成し、歌手が入った練習の場になっても継続された。

その鬼気孕む様子は本番の前に放送された『ドキュメント 歌劇《紫苑物語》〜今こそ新しい日本のオペラの開幕を〜』に見事に収められている。

原作には、フランス文学者としてスタートし、のち「無頼派」「新戯作派」また「怪物作家」とも呼ばれた石川淳(1899-1987)の同題が選ばれた。1956(昭和31)年に発表された短編小説である。
この作品のオペラ化を西村朗に提案したのは長木誠司で、実は2011年頃に遡るらしい。それから、西村はこの企画を温め続けていたとの事だ。

以上を含め、まずスタッフ・キャストその他データをまとめておく。

◆新国立劇場公演 歌劇《紫苑物語》(全2幕/日本語)

作曲 西村朗(1953- )
原作 石川淳(1899-1987)
台本 佐々木幹郎(1947- )

演出 笈田ヨシ(1933- )
美術 トム・シェンク(?)
衣装 リチャード・ハドソン(1939- )
照明 ルッツ・デッペ(?)

指揮 大野和士
演奏 東京都交響楽団/新国立劇場合唱団

出演
・宗頼(国の守を務め、和歌の名家に生れるも、歌を捨て弓の道に走る) 高田智宏(Br/ドイツ・キール歌劇場専属)
・その父(歌人、勅撰和歌集の選者) 小山陽二郎(Tn)
・うつろ姫(政略結婚で宗頼に嫁ぐ) 清水華澄(Ms)
・家来 藤内(うつろ姫と内通し、国の守の座を狙う) 村上敏明(Tn)
・千草(宗頼と愛し合う、実は狐の化身) 臼木あい(Sp)
・弓麻呂(宗頼の伯父、弓の師) 河野克典(Br)
・平太(仏師) 松平敬/大沼徹(Br)

公演 2019年2/17,20,23,24 新国立劇場オペラパレス
収録 2019年2/20

美術・衣装・照明は、演劇や歌劇の演出の仕事で海外での活躍が多い笈田ヨシが招聘された。


舞台の時代は平安時代。
宗頼とうつろ姫の婚礼の儀が執り行われている。
和歌が至高の芸術とされた時代にも関わらず、宗頼は歌の技巧的なばかりで生命の発露を感じさせない世界に不満を持ち、うつろ姫との政略結婚にも乗り気でない。
一方うつろ姫は、権力と性的な欲望に正直な女で、式の進展と伴に次第に興奮していく様がありありと見てとれる。

宗頼は、伯父 弓麻呂に教えられた弓に魅力を感じだし、歌の道を捨てる事を宣言、父と取り返しのつかない対立に至る。

弓を試し、実際に人を殺める経験は、歌と違う生命感を彼に与える。それは生と死を支配する者のみが触れる事ができるものかもしれない。
婚礼とうつろ姫をそっちのけにして、一の矢(知の矢)と二の矢(殺の矢)を習得するが、その先の奥義を悟る事はまだまだできないと、弓麻呂に諭される。
弓麻呂の放った矢は、寝所でうつろ姫と事に及んでいる男を射る。
宗頼の矢も、もう1人の男の背を射る。
しかし、うつろ姫は意に介さず、その血しぶきに一層興奮していく。
この顛末を見た宗頼の家来 藤内は、オレが権力を握る道もありそうだと、ほくそ笑む。

婚礼の場の多くの人々の興奮と混乱のさまが、合唱の声と身体表現によって、うねるように表わされ、それは極みに達する。その力感は、今迄見た事聴いた事のないものだった。

宗頼は狩りに出る。彼方を動く白いものがあり、射ると、それはキツネであった。
鏡の舞台装置によって、その死体はくっきりと大写しされる。鏡の上を白キツネの血が流れ落ちてくる。
いつの間にか、キツネの死体と血は大輪の「紫苑」(忘れな草)に姿を変える。

枯草の間から、白い着物を着た妖しい女が登場し、千草と名乗る。
宗頼は訝りながらも、その女に惹き寄せられる。
そのデュオは、次第に静かな官能を呼び覚ます。
千草の上がったり下がったりする細かな音形は、日本風のまたアジア風のコロラトゥーラと化して風にそぎ、また時を紡ぐ。

宗頼と父、またうつろ姫との重唱は、噛み合わない言葉、刺々しい不協和によって心の離反を象徴し、方や、宗頼と千草の重唱は、静かに妖の空へと飛翔する。
オペラ《紫苑物語》では、アリアよりも重唱と合唱が力を持ち、そのダイナミズムによって物語を前に進め、対立する象徴世界を表現しようとする。

動と静、正邪、生と死、官能と知性、欲望と諦観、錯誤と祈り、獣と人、記憶と忘却、創造と破壊、現実と異界(魔界)、見えるもの見えない物等々、この幻想譚の含み持つ様々な対峙は、音楽、特に重唱と密接に結びついている。
これがこの新しい日本のオペラの魅力の1つである。

さて、千草とは誰か?
第三の矢とは何か?
それらは一体何を招来するのか。
観客は、固唾を呑んで第2幕を待つ事になる。
その解説は今回はやめにしておく。

また機会があるだろうから、是非今度は生でこの官能の日本オペラを鑑賞したいと思う。

 
〈付記〉
石川淳は晩年の大作『狂風記』(上下/1980)を読んでいる。
 
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