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2018年10月19日20:52

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田子の浦ゆ

山部赤人(やまべの・あかひと)。
会ったことはないが、年齢不詳、奈良時代の歌人とされる。
小学生時代の同級生。ほっぺたの赤いNNGくんは、アンパンマンが世に出るまでは「山部赤人」という高尚なニックネームを有していた。
それがNNGくんのニーズに応えていたかどうかは別にして手(パー)

父から百人一首を教わった幼少のみぎり。おそらく6歳、まだ神童オスカーだったころ。
「ころもほすてふ 天の香具山」とともに、上の句・下の句を暗記した山部赤人の一首。
『田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ』

ところが、半世紀ほど時を経た今年の春ごろ、この歌とは似て非なる第2の田子の浦がある事が発覚げっそり
しかも、作者は同じ山部赤人だという。
尊敬する父が嘘を教えるわけないし、毎年正月恒例のオスカー一族百人一首大会でも、読み札はおいらが覚えていた『田子の浦に…』だった。確実に。

山部赤人研究者の弁によると、その一句とは、
『田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける』(山部赤人)
げっそり+ウッシッシ
この句を聞いた途端に笑ってしまった。
そもそも「田子の浦ゆ」の「ゆ」って何よパンチ
おいらの知識の中に「ゆ」という助詞はない。断じてない。
ついでに言うなら「ゆ」という女子も知らない。
「ゆきこ」や「ゆみこ」なら知ってるけど。
おそらく、田子の浦湯いい気分(温泉)という温泉に入りながら眺めた富士山の冠雪が素敵だったよ、という意味だろう。そうだよね、NNGくん。

ところが、おいらの半世紀に亘る山部赤人の知識は、グーグル検索によってもろくも崩れ去った。
曰く『田子の浦ゆ』は「万葉集」に掲載されている有名な句。
『田子の浦に』は「新古今集」に掲載されたが、おいらの知識が確かなら、万葉集の方が古いので『田子の浦ゆ』がオリジナルということになり、『田子の浦に』は改訂版。
そんな無知識のおいら自身が情けなくて、歌碑チェックに行ってきた。
わざわざ東名高速で車(セダン)

フォト
山部赤人句碑が建立されている「ふじのくに田子の浦みなと公園」リゾート
あいにくの曇り空ゆえ、晴れていれば一望できる霊峰富士の高嶺は、厚い雲の中。
富士山の稜線に例えられた高さ違いの7本の石碑はアートでさえあって、駿河湾の先鋒に堂々と立っていた。
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4本のモノリスに刻まれた万葉集の叙景歌には「天原 振放見者」、つまり「天の原、振りさけ観れば」の一句も見つけられる。
そして、自らの歌に返歌。
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読むと「田子の浦ゆ」の「ゆ」は「湯」でなく「従」のようだぞ。
なんじゃこりゃ。
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この公園には、さらにシンボルタワーの「ドラゴンタワー」とともにもう一つ、船のモニュメントが備わっている。
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『ディアナ号』
船の船室部分が田子の浦港の歴史とディアナ号に関する資料館。
アニメが流されていたが、つまらなそうなのでスルーしたが、パネルは読んだ。
安政地震の際、難破しそうになったロシア船を村の人々が救ったという、明治時代に起きたオスマントルコ船の遭難事件と似たような「日本人すごく偉いぞ」シリーズvol.1が、江戸時代のここで起きていた。
残念ながら富士山の雄姿は観ることができなかったが、振り返れば駿河湾の優しい潮風が漂ってくる。
山部赤人に倣い、一句ほど歌っても悪くはない。
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富士を背に 澄む風 凪(なぎ)の 田子の浦(オスカー)



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