日本人なら誰もが周知の通り、昨日5月29日は横浜大空襲の日。
貿易港として開港したはずのこの地は、今でいう安倍晋三みたいな人たちのやりたい放題で勃発した戦争用の軍港に生まれ変わり、昭和20年のこの日、果てる。
1時間に及ぶ市内の大空襲は8,000人余の犠牲者を出し、2万人以上の被災者を生み出した。
その追悼を込めて、いざ《日本丸メモリアルパーク》

桜木町駅から港へ向かう。或いは、みなとみらい駅から港へ向かう。
平日、快晴。
一等地に構える「美術館」ではあるが、観光客は皆無で、ションベン臭い遠足坊主、否、牛乳石鹸のような小学生たちが目立つ。
「太平洋の白鳥」と呼ばれた重要文化財初代《帆船日本丸》、 横浜港をテーマにした《横浜みなと博物館》、そして、今年3月オープンしたばかりの《柳原良平アートミュージアム》。あまりにも激務の日々につき、その合い間を縫って3館を練り歩く


『帆船・日本丸』
船が苦手で豪華客船はおろか、非豪華客船にも乗ったことがない。
一番の長い船旅はおそらく竹芝−大島航路で、復路で吐いた。
ハマコーがいろいろと小銭をちょろまかしながら作ったアクアラインができる前に活躍していた川崎浮島−木更津航路でも、大学生時代、復路で吐いた。
しかも、乗船前にアイスココアを飲んでいたことから、かなり甘さにあふれた黒い液体が濁流のごとく東京湾に落ちていった。
そんなトラウマを抱える身でありながら、瀬戸内国際芸術祭で島周りをする船では吐いたことがない。吐かないためのゲー術を極めたようだ。
で、日本丸船内

別に興味の湧く代物でもないが、乗船員の船室ベッドに置かれている毛布は一見の価値あり。これがアートになっている。
写真を撮ってはいけないと、かなり上から目線の美術館が『横浜みなと美術館』

入館すると横浜港を上部から俯瞰したパノラマシートが床に貼られ、文字通り上から目線。
浦賀のペリー来航から横浜港埋め立ての歴史、そして戦時中、戦後復興。
パネルと資料は豊富だが、どちらかというと小学生遠足御用達の無用の長物。
とはいえ、昭和20年5月29日に記録には足が止まった。
同年、3月10日の東京大空襲、4月4日・15日の川崎大空襲と散々な目にあっているのに、またアメ公がやってきた。
もうやめようよ、戦争。って、言える人は居なかったのか。
居たとしても大将がクソ馬鹿ならこんなことになる。
ちなみに戦争を知らないぼくは、現・安倍晋三のことをクソ馬鹿だと思っている。

『柳原良平アートミュージアム』
横浜みなと美術館があまりにも地味すぎて、ほとんど集客が望めないことから、今年3月、みなと美術館の少しのスペースを利用して開館した

簡単に論評すれば、トリスのおじさん。
ウィスキーも飲めないし、柳原良平自体わからんちんなおいらなれど、無料入館してトリスのおじさんと親しんできたから、これにて日本丸メモリアルパークをおさらばしよう。
そんな5月29日の物語。

■入れ墨・タトゥーOK 日帰り温泉の入浴ルールに賛否 「入れ墨で人を判断出来る時代じゃない」「怖がる人の方が多いのは当たり前」
(BIGLOBEニュース - 05月30日 16:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=258&from=diary&id=5133340偏見だろうがなんだろうが、タトゥーの人は苦手である。
できるだけ会いたくない。
ところが、我が街に近い『矢向湯』の銭湯に行くと、ものすごく倶利伽羅紋々の人たちに間近に会える。裏手にそんな人たちの事務所があるからね。
所詮、そんな街・川崎

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