4月1日。
我が川崎周辺で2つのリボーン。
小中学校時代の同級生の多くが暮らしていた「国鉄アパート」はJR民営化と老朽化とともに解体撤収され、跡地11,200�屬�JR東日本によって再開発された。

その最終系。
先行して開店していた地産マルシェなるスーパーマーケットに遅れること1か月余り。
この地にとても不釣り合い(半世紀地元在住者談)なカフェ『タリーズ』とベーカリー。
タリーズでは先着300名にオリジナルテディベアがプレゼントされるとあって、開店時間8時というホームページの告知を信じたおいらも9時30分に駆けつけてみたが、すでに30人程度の行列は一向に動かず入店もしていない。
ドアに貼られていた告知を見たら「本日開店10時!」

いけね、今日はエイプリールフールだった

という反省とともに、二度とタリーズに行かないことをここに誓う。
小学校高学年当時の国鉄アパートは12号棟ぐらいまであって、その中でも8号棟にいた友人宅に一番通っていた記憶がある。
同じ棟には若かりし頃の郷ひろみも住んでいたが、表札は郷ではない。
オスカー少年が日々、半ズボンはみちんで草原を駆け巡っていた頃にやり取りをしていた年賀状には国鉄アパートからの年賀状が目立つ。
おいらの貴重なアーカイブス(自称)に残っている最古の年賀状が昭和48年。
下手くそな字で書かれた小学生たちの差出人欄には、それぞれが同じ住所に号棟と室番が記載されている。
「431」「835」「852」「853」「12202」、とりあえず5人見つけた。
年賀状が化石化している昨今だけど、こんな古き記憶が蘇えるならこの伝統も悪くない。
ちなみにこの頃、女子小学生からの年賀状が届いてないんですけど、どして?
中学時代にオープンしたのが当時では珍しい総合ショッピングセンター『サンテラス日吉』。
オープンしてからしばらくは悪友たちを誘って、誘われて「サンテラス行こうぜ〜」の合言葉。
盗んだチャリンコで走り出す。
行き先はサンテラス。すぐに3階へ上がってゲームセンターで遊んだり、1階に降りてソフトクリームを頬張ったり。
それから40年の間、名前は「アピタ日吉」と改名をしていたが、慶応大学日吉校のふもとにそのショッピングセンターは営業を続けていた。
平成28年、此の地は野村不動産へと所有者を移し、いつの日か高級ブランドマンションへと姿を変える。
一方で、綱島方面へ400mほど向かったパナソニック跡地には一昨日、再開発を終えて新生「アピタテラス綱島」がオープン。
元祖「サンテラス日吉」のDNAがしっかりと継承されている。
とはいえ、どこにでもあるようなショッピングセンターの一つで特徴はなにもなく、オープンラリーの大混雑がいつまで続くのか。
駐車場出入りの導線が悪評につき、近い将来、閑古鳥のセールが開催されること必至な雰囲気。

2階のフードコート。
一番人気はペッパーフードサービスが手掛ける「いきなりステーキ」。
ちなみにペッパーフードは昨年1年で株価7倍へと大化けした有望株。
だからどうした。
フードコートは自分でオーダーしたメニューを自分でテーブルまで運ぶセルフシステム。
さて、「アピタテラス綱島」最大にして想定外の失敗はここフードコートにあった。
「いきなりステーキ」の行列の横に、およそ二番人気となる「餃子の王将」が鎮座する。
餃子の王将ファンなら誰でも知っていることだが、王将の床はよく滑る。
餃子の油が床に落ちるので、あるいは調理場のお兄さんが履いている長靴についた油が店内にも蔓延するので滑りまくるのだ。
あの頃の荒川静香よりも滑るし。
12時20分、「いきなりステーキ」のフィレステーキセットを手にしたおっさんが、王将の油に滑り転倒する。フィレステーキが店内にぶちまけられた。
12時38分、「いきなりステーキ」のアンガスステーキ300gをようやく手にした青年が、王将の油に滑り転倒する。アンガスが店内にぶちまけられて、口をアングリ。
12時52分、「いきなりステーキ」のサーロインステーキ300gを手にした高校生が、王将の油に乗って反対側にあるマクドナルドのカウンターにまで滑り込み衝突。
てりやきハンバーガーを頬張っていた女子高生の口に熱々のサーロインが飛び込んできた。
さすがにこの事態を重く見たアピタ支配人は、フードコート閉鎖を決断。
店内の雰囲気は開店以来、最悪のものとなる。
(続く)
4月1日の出来事。

エイプリルフール2018まとめ(公式)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=85&from=diary&id=5051641
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