カール・ニルセン(1865-1931)の作曲した交響曲第4番と第5番がカップリングされたCDを、図書館で借りて聴いた。
カール・ニルセン、デンマークの作曲家である。
デンマークでこそ紙幣にその肖像が印刷されていた程だが、グローバルな知名度は高くない。
私が若い頃は専ら「ニールセン」と表記されていたが、最近は原語発音に近い書き方をされているようだ。(CDの印刷もニールセンになっている。)
生没年から察するに、19世紀末から20世紀前半に活躍した作曲家という事になる。
フィンランドの国民的作曲家ジャン・シベリウス(1865-1957)と同じ年の生まれだ。
ただ、シベリウスが第2次大戦後迄生きたのに対し、ニルセンは第1次と2次大戦の間で没した。
交響曲という形式の主たる時代は古典派で、ベートーヴェン(1770-1827)が9曲で完成度を極めてしまった為、その後のロマン派作曲家達は次第に遠退いていった。
よく言われるのは、例えばブラームス(1833-97)が交響曲第1番を作るのに、着想から完成迄に21年の歳月を要した。彼は4曲しか交響曲を作っていない。
そんな中で、ニルセンは6曲の交響曲を書いた。オペラや交響詩,協奏曲,室内楽曲等幅広い作曲活動をしているが、まあ交響曲作家と言っていいだろう。
シベリウスも7曲の交響曲を書いている。
この2人の場合、北欧ないしスカンジナビア圏という地域的文化性格によって、交響曲作曲に余地を見出す事ができたのかもしれない。
ニルセンの6つの交響曲は1894〜1925年の間に初演されている。
中で、今回のCDの第4番op.29と第5番op.50は、前者が1914〜16年に作曲され、完成された年に作曲家自身の指揮によって初演、後者は、1920(21年説もあり)〜22年に作られ、同様完成年に自身の指揮で初演された。
時間的に言えば、私が今期文芸大の授業〈文化と芸術C〉で学んだ音楽史にすっぽり入る。大変に興味深い時代だ。
ニルセンは、交響曲第4番を第1次大戦(1914-18)勃発の年に書き始め、戦争中に初演した。
デンマークはスウェーデン,ノルウェーと伴に、第1次大戦では中立を貫いた。
しかし、デンマークの南側はドイツと国境を接している。中立を守る為には大きな労苦が必要だった。
ドイツにとって制海権上デンマークは重要この上ない。ドイツの潜水艦作戦で、デンマークは貿易立国であるにも関わらず、海上輸送が困難となり、輸出先は殆どドイツに限られる事となってしまう。
結果、生活物資の欠乏、産業不振、失業者の増大等、大きな社会不安に覆われる。
そんな明日の見えない暗い世の中で、ニルセンはこの交響曲を書いたのである。
《不滅》という副題がこの曲には付けられている。
若い頃からずっとこのタイトルでこの曲の理解をしたつもりでいたのだが、実は大分ニュアンスが違ったようだ。
ニルセンの命名したのは「滅ぼし難いもの」「消す事のできないもの」という意味なのだそうで、それは、第1次大戦における自国の位置付けや、デンマーク人である事、デンマークの文化,音楽を指していたのだろう。
そう理解すると、この曲における、2つの対立構図、例えば暴力との闘争等のイメージは、大変よく身に沁み入ってくる。
曲の形式や構造は大変新しい。
第1次大戦に入る前の時代の音楽の大きな変革については、文芸大の期末レポートでも書いた。
ヨーロッパでは大戦中の作曲は極端に減るが、この曲は、戦前のモダニズムの影響を充分に吸収して練り上げられている。
まず、単一楽章である事。第3番迄、彼は4楽章制の古典的交響曲形式によっていた。
単一楽章ではあるが、第1部から第4部迄4つの構造を有し、その間が途切れる事なく繋がっている。
無調ではないが、旧来からの型通りでない転調が頻発し、為に、ニルセンはこの曲の基本調を表記していない。
また、ティンパニの活躍が特に第4部で激しい。
ティンパニは2組2人用意しなければならない。変拍子ではないが、「打楽器の解放」が交響曲という古典形式の中で試みられている。
当然シェーンベルクの無調曲(1908〜)も、ストラヴィンスキーの『春の祭典』(1913)も、ニルセンは聴いて知っている筈だ。
全体を通して、非常に緊迫した曲調部分が多い。
交響曲第5番の方は、更に完成度が高く、全体の構成が緻密で複雑になっている。
最近は、これをニルセンの最高傑作と呼ぶ人も多い。
この曲を作った時代は、大戦に対する悔恨もあり、新古典主義がヨーロッパ中央のストリームとなっていたが、第5番にはそうした傾向はない。第4番を更に推し進めた方向性の上にあると言っていいだろう。
聴いてはいないが、交響曲第6番(1925)が『シンプル』という副題を持つ事から、そこでニルセンは新古典主義に転換したのではないか。
楽章は2つ、そしてそれらが2部と4部の構成になっている。
打楽器は、4番がティンパニだけだったのに対し、小太鼓,シンバル,タンブリン,トライアングル,チェレスタが加わり、中でも小太鼓が活躍、「アドリブで」という部分もある。
各国における初演時に、聴衆は相当に驚いたらしく、受け容れられずに帰ってしまう人も出た事が、新聞の評等で残されている。交響曲における「打楽器の解放」は更に進展したと言えるだろう。
また、ブラームスの交響曲第3番からの引用も隠されている。
2つの対立構造で作られているのは4番と同じであるが、緊張感のあるダイナミックな進展の中に、強い内省的部分も挟まれている。
そして、各楽章各部分を有機的に統一する仕組みも考えられていて、大変ユニークなものに仕上がっている。
私が聴いたCDのデータを書き添えておく。
指揮 ユッカ=ペッカ・サラステ
演奏 フィンランド放送交響楽団
録音 1997年ヘルシンキ文化ホールにて
ログインしてコメントを確認・投稿する