《情けは人のためならず》・・・
ご多分に漏れず、自分も小さい頃は「そこで情けをかけたら、彼のためにならないぞ」という意味でこの言葉を捉えていた。
正確な意味を知り、使い分けられるようになったのは中学生のころからだろうか。
意外と大切な言葉なんだと意識した記憶もある。
自分が〜あくまでも当社比基準ではあるが〜優しい気持ちで対人関係に接していけるように成長した切っ掛けが、少なくとも3シーンほど書き残すことができる。
根本的には両親の愛情というものが、マクロ的な優しさ醸成の大きな幹であることは言うまでもないが、日常の中で経験したふとしたシーンが、己を成長させる活力剤となったことも間違いない。
1つ目は、中学3年生。
女子トイレで同級生の女子から正拳突きのパンチを食らった時。
その背景は、ここで書くようなことでもなかろう。割愛する。
2つ目は、大学1年生。
母校高校バスケット部のコーチを引き受けた早々、選手たちがこんなグータラ学生(←おいら)を信じて必死に試合に臨んでくれた。
ただそれだけで、コーチのくせに選手よりも先に滂沱の涙。
この涙から2年間の経験が、優しい気持ちを植え付ける肥料となる。
そして、3つ目が社会人時代。
従業員の代表らしき仕事をしていた時期に得た多くの経験は、今の自分を定義付けた貴重な
2年間だった。
12月26日の映画レビュー。
『素晴らしき哉、人生!』★1000000000000000000000.
初見はかなり遅く、2011年の《午前十時の映画祭》。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1686274668&owner_id=8666179&org_id=1685758671
yahooレビューに書いた感想が示すように、何も語ることのできないほどの衝撃的な感動を得た作品である。
先に書いた人生の岐路となった3つのシーンが、フラッシュバックしてジェームス・スチュアートに投影する。
趣味のような心持ちで楽しくやっていた同窓会の幹事役も、この映画と勝手に結びつき、ラストシーンには、声を上げしゃくり上げるような感動を得た。
そして、鑑賞した1週間後に起きた大震災。
この映画を観ないまま、3.11を経験していたら、もしかしたら自分もまた、他人を思いやらずに自分さえ生き残ればいい、というような買い占めばあさんや自我じいさんのようなイヤな人間になっていたかもしれない。
それほどまでに、感動の深い傑作。
今回の鑑賞中にも、勝手に先のストーリーを思い浮かべて、都合3回、流れるままに涙を流す。
こんなに感情移入してのめり込んでるのは、どうせおいらだけだろうと、満席のTOHOシネマズ日本橋スクリーン3。
お陰さまで、隣席や前後席の女性たちからも鼻をすする音が聞こえてきた。
素晴らしき哉、映画!
見逃していた評判のいい邦画2本をキネカ大森(名画座)で補習する。
『きみはいい子』★4.
是枝監督が2004年に作った『誰も知らない』もそうだったが、どれほど秀作でも児童虐待のシーンを目にすると、映画を楽しむ気持ちも萎え、陰鬱な気分になる。
おそらく今年度の映画賞でも高い評価の得られる作品であろうが、個人的には苦手な分野。
その昔、学校の先生はリスペクトされていたのに、今では「教師やってます」という言葉に、「大変ですね」が帰ってくる時代。
情けないのはモンスターペアレンツの連中にあり。
『この国の空』★4.
雰囲気はいいのだが、琴線を動かすものを見つけることができなかった。
銃後を守る女性の切なさは十分に感じることができたのに、スローテンポな流れに眠気さえ漂ってきた。
鑑賞眼の無さ故なのか、それとも雑な性格故なのか。
サービスショットだった二階堂ふみちゃんのお尻に免じて★4.
大晦日イブ、買い物三昧の一日で終わる。

スカッとする、生きる指針になる! 年末年始に観る映画7選
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=3783229
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