午後、私は栄から伏見へ地下鉄で移動、更に徒歩で納屋橋へ行く。
ベロタクシーを使って白川公園エリア(中心は名古屋市美術館)へ行くという人もいたが、都合好く乗れただろうか。
納屋橋エリアは、東陽倉庫テナントビルの中に収まっているので、観易さはある。元はボーリング場だった。
倉庫に近付くと、2階の最も手前から、ボーリングのレーンが1つ外に飛び出ているのが見える。レーンの先にはピンも10本乗っている。
しばらくすると、レーンは電動仕掛けのレールに乗って動き出し、ビルの中へ入ってしまう。
ボーリング場の旧設備を使った、リチャード・ウィルソン(1953- /英)の作品『レーン61』である。
1階から2階への吹き抜けスペースは、青木野枝(1958- /日)、円盤状の厚い鉄板をたくさん、まるでネックレスか万国旗飾りのようにぶら下げた如何にも重たげな祝祭風オブジェクト。タイトルは『ふりそそぐもの/納屋橋』。(→写真1)
クリスティナ・ノルマン(1979- /エストニア)の複数のビデオ映像と彫刻を使った複合的インスタレーション作品『戦後』は、極めて政治的な色彩の濃いもの。
エストニアは、1940年、ソビエト連邦の侵略により併合されたが、1991年になってソ連から独立。2007年、エストニア政府は、旧時代のパブリック彫刻《ソ連兵士の銅像》を首都タリン市の中心から郊外へ移そうとした。これに対してロシア系住民がロシア政府の後押しを背景に猛反対、それは暴動に発展した。
この事件は、ナチスのエストニア併合来の根深い歴史問題を孕んでいる。そうした過去と現在を、パブリック彫刻の金色のレプリカを中心にして、多数の映像を重ね合わせて構成したのが、この作品である。
最後に紹介するのは、各賞を受賞、国際的にも活躍の場を拡げている名和晃平(1975- /日)の不思議な作品『PixCell-(White)』である。
タイトルの言葉は、画素のpixelと細胞のcellを合体させた彼の造語、「映像の細胞」とでも呼ぶべき概念だ。
これは際限なく生成される泡を使った彫刻と言っていいのかどうか。
真っ暗で広い部屋で、泡が大量に生成され、それは室内に盛り上がり、不定の形をなし、内側からの照明で氷山のように光りもする。(→写真2,3)
ピックアップしたのはあいちトリエンナーレ2013の極々一部に過ぎない。行った会場でも、観ていながら紹介できなかっただけでなく、観る事自体できていないものも多数ある。また、私の言葉の限界で、ここでレポートしたにしても、その実態を表現し得ていないものもある事だろう。
名古屋市内でも、白川公園エリア,長者町エリアは行っていないし、岡崎市にも様々な作品が展開されている筈だ。
冒頭にチケットについて触れたように、まだスタンプの空欄となっている会場には、今回購入した通し券はまだ有効であるから、10/27迄の間にもう一度このトリエンナーレを訪れてみたい気持もある。
お読み頂いた方も、闇の雲を掴むような思いでおられる事だろう。是非お出かけ頂いて、実物を観、触れて欲しいと思う次第だ。
脳も脚も疲れ、集合時間の16:30より大分早く居酒屋「大甚」に着いてしまった。
私と同じ気持ちの男女も三々五々集り、酒宴は予定以前に既に盛りとなった。
表現していけない事等何もない、そんな思いが、酒の量を後押ししたのである。
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