テアトル梅田で鑑賞。どちらもポール・シュレットアウネ監督作品。
「チャイルドコール 呼声」
夫の暴力から逃れてきた主人公は、息子の寝室にチャイルドコールという音声監視装置を置く。ある夜、チャイルドコールから子供の悲鳴が聞こえたが、寝室の息子はぐっすり寝ていた。どうやらアパートの別の部屋の同装置と混線しているらしい。という感じで始まるサスペンス映画。
以下ネタバレ。全部主人公の妄想でしたー。実は息子はとっくに死んでいたってオチ。うーん。主観描写が当てにならないってのは、サスペンス映画ではよくあることなので、そこまで反則だとは思わないが、この映画の場合、主人公と息子と別の登場人物が一緒に居るシーンが多くて、主観描写を客観事実に置き換えようとすると混乱する。ぶっちゃけ矛盾した描写が多いんじゃないかと思うのだが、いろんな映画祭で賞を取ってるってことは実は整合性が取れてるのかな?自分の見方が悪かったのだろうか?
「隣人 ネクストドア」
恋人にふられた主人公は、アパートの隣人の姉妹と知り合う。その後、妹の方に誘惑され、流れで殴り合いながら抱き合うという変態プレイ。後日、姉の方が妹をレイプしたと主人公を非難する。という感じのサスペンス映画。
以下ネタバレ。全部主人公の妄想でしたー。隣人どころか隣室も存在してなくて、自分をふった恋人を殺して、その記憶を押し殺ししていたことから錯乱していたというオチ。うーん。2本続けて同じようなオチの映画だ。ただし、矛盾のない描写という点では「チャイルドコール」よりちゃんとできてる。
どちらの映画も、観客を混乱させるためだけの設定を用意して、謎が解けた時の「うおーそうだったのかーこいつぁしてやられたぁ」感に乏しい。まぁ、小説でも映画でも、数をこなすことで新鮮な驚きを感じなくなるという、観る側の問題が大きくなってくるんだよなぁ。今年も結構いい映画はあると思うんだけど、感激した映画って10本も無いわ。
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