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2012年04月27日16:58

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「風の記憶 山本一樹展」/浜松市美術館

順序が入り組んできたが、4/24(火)、浜松市美術館で開催されている「風の記憶 山本一樹展」に行ってきたので、そのレポートをしたい。

・会期 2012.4.14〜5.20

山本一樹は、鉄を中心とした金属の造形芸術家である。
1957年生まれ、東京藝大大学院修士課程、鍛金専攻終了、とプロフィールにある。
藝大に「鍛金」という専攻があるのか、と驚く。
鍛造という言葉はよく聴く、「金属を加熱し、鎚(かなづち)または水圧機で打ち延ばして形づくり、ねばり強さを与える作業」と広辞苑には書かれている。刀剣等も鍛造によって、切れ良くしなやかで折れにくいものができる。
山本は現在、静岡文化芸術大学デザイン学部生産造形学科教授でもある。

以上の紹介では何だかよく判らないだろう。
私が思うに、彼は「鉄の詩人」である。鉄の造形によって内心の詩を紡ぎだしている。
まずは、彼の鍛造作品の写真を観て頂きたい。

今回は、37点の作品を出品している。
展覧会のタイトルともなった『風の記憶』は、その中の1点である。→写真1

どっしりした直方体の大地の上に、公園か何かの風景の一瞬が切り取られたように存在している。
小さな丘の上には1本の木、立て掛けられた自転車の主はいない、そしてベンチにも誰も座っていない。
丘の斜面には階段があって、自転車の主が、そこを歩いて上った事が想像される。
その時、柔らかな風が彼の頬を滑っていっただろう。
全体が鉄錆びで覆われたようで、恐らく過去の記憶の切れ端であろうとも想像される。
子供の時代の原風景か、旅先で偶然に出遭った光景か。

彼の作品には、同じモチーフが繰り返し現れる。
丘、海、風、雲、月、自転車、船、木立、古い建物、等々。
あるものは茶の錆び色、あるものは緑青色に覆われている。
人は登場しない。
どっしりした台は、しかし、4本の高い脚の上に載っており、その脚の先は尖って、それぞれの1点で会場の床に立っている。
微かな1点で現実と繋がっている、という言い方もできる。
忽ちの内に、その古い記憶は、掻き消されてしまう、そんなかそけさが、観ている者の心中に沁み込んでくる。

人はいない、と言ったが、孤独でも不安でも寂寞としているのでもない。
人の足跡が、階段や、点々と続く小さな穴で、暗示されている。
何分か判らないが、遠からぬ前の時間に、彼はそこにいたのだと想わせる。
その跡によって、過ぎ去った時間がよりありありと、脳裏に浮かぶ。
そこに吹く風は僅かに暖かい。

作品タイトルには「風」や風のイメージがよく使われている。
「制御を超えて」(1994) 鉄,ステンレス,真鍮,アルミニウム
「ゼピュロス手ずからのそよ風」(2004) 鉄,真鍮
「怠け者の風のお気に入りの隠れ家」(2008) 鉄,真鍮
・・・等々

最後に、光の扱いにも特筆すべきものがあった点を付け加えておかなければならない。
作品の中の木や雲は、作品の中に、また会場の白い壁に、影を作る。
複数のライトにより、影は、濃く淡く、二重に重なり合ったりもする。
影によって立体はより深まり、過去の記憶は鮮やかな輪郭を取り戻す。
影も含めて山本の作品である事を、静まりかえった会場で、強く感じたのだった。


観終わって、出口で会場を振り返った時、いつもの美術館とは違う空間がそこを占めているのを、私は確認した。


写真1 『風の記憶』(2002) 鉄,真鍮…今展覧会のチラシ表
写真2 『砂漠の王は三日月の冠を頂く』(2006) 鉄,銅,真鍮
写真3 『アドリア海に吹く風』(2007) 鉄…6連作の部分
 
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