『ヴェラ・ドレイク』に続けて『秘密と嘘』を観た。
監督・脚本 マイク・リー
受賞 1996年カンヌ映画祭パルムドール,主演女優賞
『ヴェラ・ドレイク』の感想で言った、マイク・リーのスタンス、
・・・「絶対に真実から逃げない」・・・は、この映画でも徹せられています。
ただ、映画を覆う気分は、『ヴェラ・ドレイク』と『秘密と嘘』とでは、全く逆の構造になっています。
『ヴェラ・・・』 ;
貧しくても、人を信用し、楽しく幸せな気分の持続。これが終盤、事件の露呈により、危機に陥ります。
家族・友人の関係は継続できるのか?
『秘密・・・』 ;
家族も友人も信頼できず、憂鬱で不機嫌でニューロティックな気分が殆ど全編を覆う。
そして破滅的な真実の露呈。
しかし、危機的な“真実の追求”とその乗り越えの向こうには、人を赦す暖かさが垣間見えます。
このように、この2つの映画は、マイク・リーが意識してトライアルした、気分構造を正反対においた姉妹作品、と言えるかもしれません。
冒頭でお話したリーのスタンスは、終盤近く、モリス(Timothy・Spall)のホーテンス(Marianne・Jean-Baptiste)に対する次の言葉に表れています。
・・・「君は、苦痛を覚悟で真実を求めた。私は君を尊敬する」。
真実は時として苦痛に満ち、残酷さの向こうに、ほの見える。
そして、シンシア(Brenda・Blethyn)のエンド直前での言葉。
暖かい日差しが、ボロけた旧屋の狭い裏庭でお茶をすする3人に当たっています。
「庭の置物みたいに、あんたたちがそこにいる」。
そう、変な言い方になりますが、庭の置物に、人は神経症的な気遣いは要りません。
この場面で、この映画を通して通奏低音のように鳴り続けていたニューロティックな気分から、シンシアも観客もやっと開放されるのです。
3人の新しい家族の関係が、うっすらと見える気がします。
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