図書館から借り出していた、島田康寛監修・著の『甲斐庄楠音画集〜ロマンチック・エロチスト』を読む。画集で文字は比較的少ないので、”見た”と言った方がいいか。
求龍堂から2009年に発行されたもの。
300ページに及ぶ分厚いもので、甲斐庄の絵の代表的なものは殆ど収められている。現物からの収録は勿論カラーだが、戦災等々によって失われたものは、当時の印刷物からモノクロで引かれている。
作品以外の構成は以下の通り。
・スケッチブック
・スクラップブック
・著作文献
甲斐庄研究の部分としては、
・「甲斐庄楠音 大正期の噴き出したもう一つの日本美」島田康寛
・「自己陶酔のかなたに求めたもの 甲斐庄楠音の魅力」上薗四郎
・「映画界の甲斐庄楠音」池田祐子
・年譜
スケッチブックとあるのは、彼の素描、下書きの類。
スクラップブックというのは、彼が作った大判60冊にも及ぶもので、新聞や他雑多な印刷物、写真等を貼り付けている。幾度も貼り替えた跡があり、文字は殆どないが、彼のある種の意思が反映していると思われる。時間的には、1913年(大正2)から最晩年1970年代迄後半(昭和50代)迄断続的に作り続けていたと思われる。これを読み解くのも、甲斐庄研究の多大な材料になる筈。
先日日記にしたためた島成園(1892〜1970)の作品の印刷物も何枚か貼られおり、殆ど同時代の彼女の動向に興味を示していた事も伺えて、大変面白い。
研究論文の掲載は少ないが、最新の情報に裏付けられている。
現在生み出せる甲斐庄関連書としては、最善を尽くしたものと評価できるだろう。溝口健二との交流から映画の現場に入って絵画から離れた時間も含め、彼の全貌が窺える。彼が風俗考証をした『雨月物語』は、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を獲得した。
彼の全体像を紹介する事もできないので、後偏った性癖を生むに到った部分にのみ触れておこうと思う。
甲斐庄楠音は、1894年(明治27)、京都の名家に生まれた。(没年は1978/昭和53、83歳)
父は楠木正成の第24代末裔、母は御所士(ごしょさむらい)の娘で、自身御所には頻繁に出入りしていた。
喘息持ちでひ弱だった子供時代、「母が問わず語りにきかせてくれる御所を取り巻く(中略)思い出と時代の激しい移り変わりを、楠音は鮮やかな記憶として」持ち続けた。「男子にも拘らず、家に伝わる皇女和宮の羽子板(中略)や着物、祝い膳を自分のもののように独り占めして愛着をもつとともに、おはじきやお手玉などをして遊び、(中略)父の好みもあって5歳頃まで女の子の着物を着せられていたというが、小柄でひ弱な、美しい顔立ちの楠音少年にはよく似合っていたことだろう。」(島田康寛)
「確認されたのが、男性に愛されたい男であっただけでなく、生涯にわたって女性を愛する男でもありたい、つまりバイセクシャルな面があったことだ。また異常とも思える女装癖があり、これに芝居好きが合わさって、(中略)絵描き仲間と芝居の一場面を女形として演じ、これを写真に撮り、そして絵画化するといったあまり例のない制作プロセスをたどっていたことも判明した。(中略)楠音の特別な性的好みや風変りな制作手法は、自己を理想的な女性像として演じることで得られる、(中略)エクスタシーへと誘う、いわば自己陶酔へ至る道の基底にあるものだった。」(上薗四郎)
太夫に扮した彼の写真が残されている(写真1)。
これら性癖に加えて、彼が幼少時より親しんだ西洋画、特にレオナルド・ダ・ヴィンチや北方ルネッサンス等の影響が、彼の特異な日本画に結実した。
日本画は元々類型的で写実性が乏しく、平面的で奥行きのない線描と色付け、等に特性があるが、甲斐庄はここに、遠近法、特に陰影によるぼかし画法(スフマート)を持ち込んだ。
例えば、『島原の女(京の女)』(1920/大正9)等を見てみれば、それが歴然だ。(写真2)
顔に現れた影の描写によって、立体感を求めている。しかし、これは旧来からの日本画の見方からからすると、極めて異常で、馴染まないと感じられるだろう。殊に大正のこの時代にあっては、多くの人に奇異に見えたに違いない。
よく知られる「きたない絵事件」もこの延長で起きたものだ。
1926年(大正15)の第5回国展で出品した4点の内の1つが、土田麦僊によって「穢い絵」と評され、陳列拒否の憂き目に遭ったのである。
その『女と風船』は戦災で焼失したが、モノクロのデータが残っているので写真3として掲載する。色は判らないが、現代人の目からしたらどう映るだろうか。
上薗四郎はこの事件、もう少し踏み込んで詳解しているが、ここでは触れるスペースもない。
楠音が晩年に到っても口にしていた言葉を、最後に添えるに留めておこう。
「針で刺したら血が出るような裸婦を描きたい」
・・・類型的な日本の美人画からは何ともかけ離れた言葉だ。
甲斐庄作品については、何度かmixi日記でも扱った事がある。
興味がおありであれば、以下を参照頂けたらありがたい。彼を画壇にデビューさせた『横櫛』について触れている。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1158352288&owner_id=3341406
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