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2026年10月27日12:00

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「みほとけのキセキ��~三・遠・駿 神仏オールスター』展/浜松市美術館~3/end

(続き)

◆坂ノ上薬師堂 3像

坂ノ上(さかのかみ)薬師堂は前掲の藁科川の更に上流山間部(*)にある。
奈良時代の豪族坂上(さかのうえ)氏(*)によって建立されたが、行基開山との伝説も。江戸時代の再建後、荒廃と焼失を繰り返し、廃仏毀釈で遂に廃寺。現在の堂は1929(昭和4)年再建で地元町内会が所有管理している。宗派不詳。
16躯(10世紀の一木彫×15、12世紀の定朝様式×1)が残るが、旧史料によれば33躯あったとも。

(*)建穂寺から藁科川沿いに上流、北西へ車で30分、約20km。
(*)征夷大将軍の坂上田村麻呂はこの一族の源流にいるらしい。

坂ノ上薬師堂の展示3像はよく似ている。
 如来型坐像
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 大日如来坐像
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 天部形立像
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それぞれ像高は、51.3cm、67.3cm、90.3cm。

・共通点。
頭体幹部はカヤの一木より彫りだし、但し、坐像の脚部はヒノキの別材である。何れも腰前に隙間があり、乾燥のせいで拡がっているのが分かる。
内刳りはしない。
塗装は残っておらず素地の状態。初めから塗られていないのかもしれないが、キャプションでははっきりしない。
失なわれた腕の先もおそらく別材であったろう。
唇を前に突き出した癖のある面貌は、時代と地域の特性か仏師の個性(技能)によるものか。
奥行きのある堂々とした体躯、稚拙な表現など平安時代10世紀頃の一木彫の特徴が随所に見られる。
静岡県指定文化財。

・如来型坐像。
元の像名不詳。「如来形」としているのは、如来の形をしているように見えるが確証はないとの意。
両腕の断面には穴が開いていて、その先は亡失。
頭髪は螺髪(らほつ)を施さず、帽子がすっぽりとのっかっている感じ。

・大日如来坐像
頭部に円筒状の宝冠を戴く。冠に細かな装飾は施していない。金属性の装飾が載っていた可能性もゼロではないが…
顏の出っ張った部分、眉,鼻,上唇は削れて失われている。
右手指も亡失しているが、胸前で組むのは大日如来の智恵を表す智拳印だろう。

・天部形立像
像名不詳、おそらく仏像のヒエラルキー(如来,菩薩,明王,天)の三角形底辺にある天部から、梵天,帝釈天、または吉祥天か。
大日如来と同形の円筒形宝冠。
大袖の衣は神像のようにも見える。
同様の衣を着ている奈良・正覚寺の天部形立像も神仏習合の様相を表していると考えられており、通ずるところがある。
左腕断面には穴、別材によるであろうその先は亡失。
右手は大袖の中に窮屈に折れ曲がって垂れている。材の奥行きの制約から来ているかもしれない。別材で手を付け加える手段もあったろうに、その稚拙な対応は見て思わずふきだしそう。
両足を左右から囲って固定させるような奇妙な台座は他に例を見た事がない。後補かもしれないが、説明では触れていない。

それにしても、坂ノ上薬師堂の出展3像は、旧駿河国最古の仏像群として大変に貴重な作例である事は間違いない。
機会をつくって薬師堂内のその他諸像も是非観てみたいと思う。


〈参考〉
図録『みほとけのキセキ�掘岨亜Ρ鵝�駿 神仏オールスター』
 執筆 島口尚弥,田島整 他
 発行 2026.10.10、みほとけ展実行委員会(浜松市,中日新聞東海本社,テレビ静岡)
 
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