(続き)
寄子も東京にいた事がある。美大は東京だったし、その後もしばらくは東京にいたが、両親の介護もあってナギへ帰ってきた。両親が他界後も、独身にはやや広すぎるこの家に住み、彫刻を続けている。彫刻の仕事にはこのスペースは都合がいい。
彫刻というのは、外形さえ掴めばできるものではない。寄子は10歳近く年下の友梨と様々な会話をしながら、友梨という人間を多角的に把握し、造形を進めていく。自然、友梨の方も寄子の理解を深め、2人は互いに近寄っていく。
もう一組、中学3年の圭太と春樹も、少年らしい訥々とした手探りで理解し合い、近づいていく。
こうしたやりとりによって物語は展開し、次第に核心に迫っていく。
彼らはどうやらある喪失感を抱いているらしい事が次第に分かってくる。
そうした日常的展開の背景として、日めくりカレンダーが破られ、自衛隊の訓練射撃の音が遠くから聞こえ、また、防災無線の声が入る。実はそのアナウンスをしているのは、町役場に勤める春樹の父井口好浩である。
・3月14日(金)
友梨が寄子の家の近くを散歩していると、溜池の畔で鳥を双眼鏡で見ている圭太と会う。スケッチブックには鳥の絵。
会話を短めにはしょって紹介する。
圭太「……友梨さん、寄子さんのところにいるんですか?」
友梨「うん」
圭太「もしかして……、友梨さんって寄子さんの、恋人ですか?」
友梨「何急に」
圭太「すみません」
(中略)
友梨「……寄子さんは素敵だけど、お友達」
何故圭太は中学生らしくもないそんな事を突然訊いたのだろうか。これはのちのち尾を引く事になる。
・3月15日(土)
春樹は友梨を連れてナギの現代美術館を案内している。
会話の中で春樹は言う、妻に先立たれた父には早く結婚をして欲しい、その相手には、幼馴染みで気心の知れた寄子さんがいいのではないか、父も寄子さんに惚れているようだし、と。
これが少年の勝手な思い込みだったことは、かなりあとになって分かる。
ここで、近くにある図書館からやってきた圭太と出くわす。
圭太は二人が一緒にいるのを見て、ぷいと出ていく。
春樹は圭太の態度を訝ってあとを追っていく。
春樹「何怒ってんだよ」
圭太「……美術館、前誘ったとき(お前は)来てくれなかった」
春樹「圭太とはいつだって行ける」、「今日は友梨さんを案内するって決めたから」
それを聞くと、圭太は突然に言う、「引っ越し決まった」、「父さんが神奈川県勤務になって、再来週には」
つまり、いつだって一緒に行ける訳でなくなるのである。
春樹は驚き、圭太は「寂しい」と俯く。
不登校の圭太にとって春樹は特別な存在である。あるいはそれ以上。
春樹も圭太について改めて考えるふう。
同日、寄子のアトリエ。
木彫の前工程として、粘土で友梨の塑像を作っているが、それがほぼ完成した。
寄子は友梨を前に、「これでひとまずリリース」、「しばらくは荒削りだから」
そして「来てくれて嬉しかった。明日(あなたは)帰るよね」と続ける。
友梨「それなんだけど……」、「もう少し、いようかなって」
寄子「いいよいいよ。好きにして。のんびりしていきなよ」
クスノキの丸太の荒削りを始めた寄子に、友梨は、何故彼女の弟雅人との結婚がうまくいかなかったか話しだした。
建築という仕事について彼との考えの違い。私は彼の「サポートばかりで。そう思ったら、急に、自分がいる場所が、自分と全く関わりのない空虚なものに思えて」
その晩、寄子はウィスキーを出し、友梨と呑んだ。
友梨は寄子に訊く、「東京で働いていたんでしょ」、「なんでナギに戻ってきたの?」
寄子は告白する、「私ね、(ナギにいた頃)ずっと好きな人がいたの」、「10代の頃から片思いで」
そして、さらりと「まあ結局、男性と結婚しちゃったのね」
あまりにさらりと言ったので、私は「男性と」という言葉を聞き洩らしてしまった。体調が芳しくないという事もあったが、これは映画の本質に関わる問題で大失敗だった。
「男性と結婚」したという事は、寄子の「好きな人」は女性だったという事になる。
そして、結婚相手の男性が誰か、ここでは分からない。
友梨の方も驚かず、「(その女性に)告白したの?」と会話は続く。
寄子「した。すっごい優しく断られた」
美大に合格していた寄子は、その後東京に出て、彼女とは別れた。
美大を卒業して向こうで働いている時、「訃報が届いたの、その好きだった人の」
寄子は思い出しながら言う、「何日もぐしゃぐしゃ泣いた」、「その人には小さな子どもいた。見たこともないその子の姿も浮かんできてきた。そしたらもう、ここ(ナギ)で生きたいって思っちゃった」
その後、ナギでは両親の介護も始まった。以来、ずっと寄子はナギにいる。
寄子「彫刻をやるのにこんないい場所ないからね」、「夜中に彫ってもうるさいとか苦情こないし、タダで木も手に入るし」
友梨「寂しくないの?」
寄子「寂しいときは寂しいよ、どこにいたって」
人間誰しも持つ奥深い孤独、この言葉は友梨にも跳ね返った筈だ。
(続く)
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