8/23(日)、浜松市秋野不矩美術館で開催中の特別展「中谷ミチコ 影とぽっこり」を観る。
・会期 7/4~8/23
会期最終日に出かけたのは、同日14:00からアーティストトークがあったためだ。
13:00頃入館し、作品を全点観てからトークに臨んだ。
レポートはトークを加味して書く事とする。
中谷ミチコ(1981- )の造形作品を初めて観たのは2023年7/25、丸の内ストリートギャラリーの屋外展示だった。
その不可思議な印象は強く脳裏に残った。
以下レポート参。
「丸の内ストリートギャラリー」(2023.7.31記)。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985598938&owner_id=3341406&from=list_diary_search
中谷は2005年に多摩美大彫刻科卒業後ドレスデン美大で学び2010年卒。
2012年には文化庁の新進芸術家海外研修制度に選ばれ、2014年ドレスデン造形芸大マイスターシューラ―ストゥディウム修了。
2010年VOCA展奨励賞、2020年タカシマヤ文化基金美術賞、2023年中原悌二郎賞受賞。
現在多摩美大彫刻科准教授。
2020年より東京メトロ銀座線虎ノ門駅にパブリック彫刻《白い虎が見ている》が設置されているので、ご覧になっている人がいるかもしれない。
本展では、第1展示室に、秋野不矩絵画(全8点)を壁に、通路に中谷の新作・連作《産む人とそれを助ける人たち》(2025-26)全5点他を展示。
メインの第2展示室に、大型作品《影、魚をねかしつける》(2025)と《デコボコの舟》(2022)、2階展示室にはドローイング全48点(2006-25)が展示された。
◆第1展示室
手前に連作《産む人とそれを助ける人たち》より〈同題〉(2025/磁器土)と、後ろの壁に秋野不矩の《廃虚�供�(1989)。生と死のコントラストを意図した展示の1例となっている。
第1展示室の床は藤ござで壁は漆喰。
1階は靴を脱いで鑑賞するようになっている。
当館の設計は、晩年の秋野とも懇意だった藤森照信。
〈産む人とそれを助ける人たち〉のクローズアップ。
中谷の本連作の最後に展示されているのは〈埋葬〉(2026/磁器土)。
彼女の脳の中では、出産と埋葬、つまり生と死は離れがたく、強くつながっているに違いない。
◆第2展示室
《影、魚をねかしつける》(2025/石膏)
全長約12mの湾曲した石膏のレリーフ。無彩色、石膏の白色のまま。
光はホールの天窓から柔らかな自然光が大理石と漆喰の目地の床へと落ちてくる。
レリーフと言っても、通例のそれとは凹凸関係が反対であって、出っ張っているように見える所が実はへこんでいる。
凸と凹の空洞に発生する微妙な光と影、そのグラデーションが、人間の視覚に勘違いを惹き起こすのだろう。
これを「不在の彫刻」と呼んでいる人もいる。
本作は1枚の写真には収まらないので、部分を貼り付けていく事とする。
左端から順に…
「魚をねかしつけようとしている」女の子。
そのクローズアップ。
足首を見ると、彫り込まれて石膏が窪んでいるのが分かる、が、視線を上へ辿ると、不思議な事に、脚も体も膨らんでいる(出っ張っている)ように見えてくる。
魚は死んでいるようにも見えなくない。
とすると、実は「魚を葬ろうとしている」女の子かもしれない。
彼女の後ろにいる大勢の女性たち。
落ち着かずおろおろとし、また抱き合い、悲しみの表情を露わにする女性も。
見る角度を変えると、人物たちの表情は微妙に変化していく。
集団の最後尾には母親(?)の衣服の裾を握る女の子もいる。
その女の子から少し後ろへ離れると、いがみ合い手を上げる2人の女性。
更に、両手で顔を覆って泣く女の子。
年長の女性の腕にすがりつく女の子も。
この作品は、凹凸の表面を手で触れる事を作家が推奨していた。私も触らせてもらった。
勝手に写した後ろ姿の女性は見ず知らずの方だが、これを見ると、実際のレリーフの凹凸感が把握できる感じがするだろう。
(続く)
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