mixiユーザー(id:3341406)

2026年07月22日18:53

72 view

王谷晶 著 『完璧じゃない、あたしたち』 (加筆)

王谷晶(おうたにあきら/1981- )の『完璧じゃない、あたしたち』(2018)を読む。

フォト

初めて読んだ王谷作品は『ババヤガの夜』(2020)。
その英訳版が2025年に英国推理作家協会賞(ダガー賞)翻訳部門を受賞した。日本人として初の快挙である。
以下レポート参。
「王谷晶 著『ババヤガの夜』」(2026.4.8記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991947855&owner_id=3341406&from=list_diary_search

『ババヤガの夜』は、ジャンル分けするならハードボイルドまたはバイオレンス小説という事になるだろうが、今回読んだ『完璧じゃない、あたしたち』は全く違う。23の短編小説集だが、その1篇1篇がまたそれぞれ全然違っていて、単純にカテゴライズする事は難しい。敢て共通点を見つけるなら、主人公が「女と女」という事になる。

王谷の本書「あとがき」にはこうある、
…この短編集を出してから、いろいろな方に「こういう小説、初めて読みました」と言っていただいた。こういう、とは女と女の話ということだと思う。確かに私自身もあんまりないよなと思って、隙間産業を狙う気持ちでこれらの物語を書き始めた。
男と女の話、男と男の話は世の中にたっぷりと、掬っても掬っても湧いて出てくるように溢れている。でもまだ、女と女の話は、「女と女の!」という感じに、珍しがられてしまう。女と女は、世界中のどこでだって繋がってるし、語り合ってるのに。…

また、李琴峰のエッセイ集『透明な膜を隔てながら』(2017-2022)の第六章「静 読書と映画」にも本書評があったから、23の短編の中身について引用してみる。
…女主人の夫を殺した下女の独白「ばばあ日傘」のようなハラハラドキドキミステリーもあれば、スナックでアルバイトをしている惨めな女の子の話「ときめきと私の肺を」のような物静かなヒューマンドラマもある。狩人が宇宙に出向いて隠者(ハーミット)を狩る短編SF(「姉妹たちの庭」)や、震災と津波を遠景とした女二人の逃避譚(「陸のない海」)、更には小説の形を取らない滑稽な落語(「腹の町」)や戯曲(「グロい十人の女」)といった作品もある。真正面からとあるレズビアンカップルの不器用なセックスと、やがて訪れる必然的な別れを描く「Same Sex, Different Day.」がいとも哀切で愛おしい。…

次から次へ全然違う23話が、違うスタイルで、違う文体で現れ、全く飽きない。
私が個人的に最も面白いと思ったのは、第2話の「友人スワンプシング」だ。
「swamp」とは湿地や沼地を指す英語で、困難な状況を比喩する場合もあるらしい。

主人公は栃木生まれ、中学時代からの「ツレ」(遊び仲間)の女の子2人「あたし(マヒロ)」と「さっつん」。
就職して間もないが、車の免許証を持っているので、10歳代後半という事だろう。
ある日、地元の「王将」で、好きなラーメンを箸で掻き混ぜながらさっつんが言う、この2週間くらい続けて「やな夢見んだ」。

続く文章が私は大好きだ。
現代の若者言葉を小説に採り入れようと試みる小説はいっぱいあるものの、大概その単語や言い回しが浮足立っていて、作品の中で溶け込んでいないものが多く、げんなりする例が多いのだが。
少しコピーさせてもらう。

…さっつんのど金髪(中略)に、王将の明かりがきらっと反射する。ほっそい背中が丸まっていて、なんだか疲れている感じだった。
「毎日見んだよ。きしょくて」
「なんかのー、呪いとか」
「なんかってなんだよ。適当こくな」
 あたしは黙った。
イラってるさっつんはおっかない。中学んとき、かなりギャルだったし。だからそれ以上はなんも言わないで、背骨が浮いてるさっつんの背中を横目に見ながら豚カルビ炒飯をかっこんだ。…

そのあとは適宜要約する。

何日か後の夕方、さっつんからLINEが入る、ただ「みず」、と。
あたしが「なに?」と返信しても、既読にはなったが反応がない。
あたしは「いやーな予感」がした。
もう一度「だいじ?」(大丈夫?という意味か)と送ったが、今度は既読さえ点かない。
あたしは車を飛ばしてさっつんちへ行く事にした、彼女の家は問題家庭で、あたしはなるべくなら行きたくないのが本音なのだが。

家の前に車を停めて降りると、「空気めちゃくちゃ湿っぽい」。
家は真っ暗で、声をかけても返事がない。玄関は開いていたので中へ入った。
「ぶわっ、と、湿気と一緒に(中略)生臭い臭いが溢れてきた。掃除してないプールの臭い。」
呼んでも返事がないのでスマホで電話をかけてみる。呼び出し音は風呂場で鳴った。
電気をつけると、さっつんは狭いバスタブの中に裸で「体育座りで」入っていた。全身びしょびしょ。
洗い場のタイルには何かドロドロしたものが溜まっている。
あたしは驚き、「なんかヤバいことしてんの」と訊いたが、彼女はクスリをやるような子じゃない。
「みず……マヒロ、水、足りねえ」
そう言って立ち上がったさっつんの下半身にちらちら光っているもの、しかしコスプレではなさそうだ。
「水、足りねえ」と繰り返し、海に連れてってくれとせがみ、さっつんはぽろぽろ涙を流した。

あたしはさっつんを抱いて車の後ろに乗せた。スマホのナビを見るが、栃木県、海と言ったって遠い。
途中でさっつんは「痛てえ!死ぬ!」と喚く。病院に連れていった方がいいのではないかとあたしが言っても、彼女はもう「水!」としか言わない。

途中、田んぼの中に溜池を見つけた。
さっつんを抱いて車から降ろし、そば迄行くと、「あっ、と思った瞬間、さっつんはあたしの手を振りほどいてゴロゴロ転がりながら溜池の中に落ちていってしまった。」
あたしは震えて、彼女の名を読んだ。
しばらくすると、ぽこぽこと泡が立ち、水面にさっつんが現れた。もう胸の下迄緑色の鱗がびっしり。
「マヒロ……あんがと」
車に戻ろうと言って手を伸ばすが、さっつんは頭を振る。
海に行きたかったんじゃなかったのと訊くと、「いいよ、ここで……」とさびしそうな顔で言う。
私は訳が分からぬまま喚いた、「ばかおめー、(中略)こんな小きたねえ溜池、だめだって。農薬とか入っし!」
「いいよ。だいじだって。ありがとな。あとさ、もうさ、ここ来んな。なんか、うち、たぶんもうマヒロのこと覚えてらんない。(中略)そんな感じ、する……」
あたしはそんなのはイヤだと叫んで泣いたが、
「マヒロばいばい、サンキューな……」
そう言って、水面で何度かでんぐり返しをし、鱗を光らせながら溜池の水面の奥に沈んでいってしまった。

その後、さっつんの家は一家失踪事件となり、メディアも含め、地元は大騒ぎ。あたしも警察に聞き込みされたがが、何も話さなかった。
たまにあたしは車でこの溜池にやってくる。
さっつんはラーメンが好きだったからチキンラーメンを袋から出して池に放り込んでみるが、反応はない。
「あれからさっつんは一度も姿を現していない。でもここにさっつんは居る。汚い溜池のきれいな主になってる。頭の中まで魚になって、きっとハッピーに生きてる。あたしは信じてる。そして、ラーメンをまた投げる。」

第2話「友人スワンプシング」はこれでぶっきらぼうに終わってしまう。
民話か昔話の「動物報恩譚」「異類婚姻譚」などを想像させもするが、何か教訓があるとも思えない。または悪夢。しかし、実は…というオチもない。

極く極く短い物語にも関わらず、レトリックに布石と展開は見事。
例えば、ラーメン大好き女子なのに箸でかき回すばかりで一向に進まない、いつもと違うさっつん。
そして「やな夢」。その内容には触れないまま、あたしの「いやーな予感」。
さっつんの不可解な要望に従わざるを得ないあたし。さっつんの涙、いつもと違うさっつん。
最後のチキンラーメンは全然唐突じゃない。

また、「背骨が浮いてるさっつんの背中」、LINEに「水!」、「めちゃくちゃ湿っぽい」空気、「生臭い臭い」、バスタブの中でびしょびしょになって座っているさっつん、下半身に光るもの、「水、足りねえ」、農業用水の溜池に飛び込んでしまうさっつん、鱗がびっしり、…
あり得ないプロットにどんどん惹きこまれてしまう。

他にも是非紹介したい短編はあるが、今日のところはここ迄にしておく。


『完璧じゃない、あたしたち』
 執筆 王谷晶
 初出 2018年1月、ポプラ社
 発行 2019年12月5日、ポプラ文庫

〈参考〉
『透明な膜を隔てながら』
 執筆 李琴峰
 発行 2022年8月20日、早川書房
 
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年07月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031