mixiユーザー(id:3341406)

2026年07月04日11:00

68 view

映画『シンプル・アクシデント/偶然』 ジャファール・パナヒ~2

(続き)

ワヒドはある場所で車を停め、バンの後ろの木箱を開けてシヴァに男を見てもらう事とした。
しかし、シヴァも拷問時には目隠しをされていたため、見ても男がエグバルかどうか分からない。
彼女はむしろ拷問者の嫌な臭いが鼻と脳にこびりついていた。男に近寄って匂いを嗅ぐが、やはり自信があると迄は言い切れない。
そこでシヴァは、元婚約者で今は別れたハミドに連絡を取った。ハミドも同じ刑務所に収監されていたのである。

ハミドは出会うなりワヒドに木箱を開けさせ、襲いかかろうとした。
すぐに興奮し有無を言わさず暴力をふるうのがハミドの性格で、それが基でシヴァはハミドと別れた経緯がある。
咄嗟にハミドを押しとどめたワヒド達は、男がエグバルかどうか確認をするように頼み込む。
ハミドも拷問時は目隠しをされていたが、むりやりに男の下肢を触らされた記憶から、その感触を確かめようと試みた。しかし、嫌な記憶から一層興奮するハミドは、他の4人と冷静な会話ができず、バンを運転して男を奪い去ろうとさえする。

この一連の展開は、観客の原始的感覚を呼び覚ます。聴覚、嗅覚、触覚、我々ならそれらをどう記憶し、どう判断するだろうか?
千載一遇の復讐のチャンスは無駄になってしまうのだろうか?

途方に暮れた5人はまた人目につかない砂漠に向かう。
夕暮れ、バンの後ろの木箱の中で男のスマホの呼び出し音が鳴る。
無視する5人だが、幾度もかかってくる。
ワヒドはスマホをスピーカーに切り替えて音声を聴く。と、女の子の声で、お母さん(つまりエグバルと思われる男の妻)が倒れた、気絶したまま動かない、どうしたらいい?
ワヒドはやむを得ずスマホに出る、「お父さんは今電話を取れない。私は知り合いだ。」
そして、その会話から、ワヒドは母親の出産日が近い事、危険な状態だと察知する。
ワヒドは、放っておいたら母親も赤ん坊も助からないかもしれない、男がエグバルだとしても、その妻に責任はない、そう理解するに至った。
ワヒドは、男の家へと、3人を乗せてバンを走らせる事とした。
この判断にとうてい理解が及ばないハミドは怒り狂って去っていった。

ワヒドがためらいながら家のチャイムを鳴らすと、女の子がドアを開けた。
ワヒドは倒れている母親を抱き上げ、娘も一緒に、男の例の白い車に乗せ、病院へ急行する。
このあとは一転し大変にコミカルで、パナヒのセンスに喝采したくなる。

病院の窓口では受付の女性とワヒドは揉める。妊婦との関係を、ワヒドはこんな場で一体どう説明できるのか?
夫の同道でなければ入院はできない、ワヒドを疑い、ルール一辺倒に女性は言う。
破水したせいか、妊婦の衣服は下腹部が濡れてきた。娘が心配顔でワヒドの顔を見上げる。
そこへ病院の医師が通りかかり、私の責任で受け入れる、と受付の女性を諭す。
妊婦が運ばれていったところで、ワヒドは女性に入院代金の先払いを要求される。
やむなくワヒドはクレジットカードで支払うが、それは復讐相手と考えている男の妻の入院代である。想定外の展開で、ワヒドのお人好しぶりに観客は呆れる。

妊婦は何とか出産に漕ぎつけた、男の赤ん坊が生まれ母子共無事である。
イランでは、様々な慶事に当事者が幸せのお裾分けをする習わしがある。受付女性や看護師らは当然の表情で、言わずもがな、それとなくお裾分け(出産の場合は甘いお菓子)の要求をしてくる。
ワヒドは仕方なく売店でお菓子を買い、彼女らに手渡す。

砂漠に戻るワヒド達。
最後迄残ったワヒドとシヴァは、白状させるしか確認の手立てはないと結論に辿り着き、男を木に縛り付け、事実を吐く事を迫る。頬を打ち、首を絞めるくらいの事はする。今や尋問者は入れ替わったのだ。

最初は人違いだと言い張っていたが、男はとうとう居直り、自分がエグバルだと叫ぶ。刑務官としてはやるより他になかった、国に奉ずる身としては当然の事だ。そして、ここでお前達に殺されれば、俺は殉教者として国に称えられるだろう、と。
ワヒドはエグバルの妻が今日出産した事、母子共無事である事、それに至った経緯を話す。私にはお前の妻を放置する事もできた、だが、そうすれば妻も子も死んだ筈だ、とも。
すると、エグバルは突然泣きだし、妻子の命を救ってくれた事に感謝し、拷問について謝罪し始めた。

なりゆきで人の命を救ったワヒドとシヴァは、暴力に暴力で抗う事、復讐のためエグバルを殺す事を思い留まる。暴力の連鎖はまた暴力を生むだけ、その不毛!
情けない表情で泣き続ける男を木に縛り付けたまま、ナイフを近くに置き、2人はバンに乗って去っていく。

後日、実家に戻ったワヒド。彼の妹が出産して家族が増え、明るく笑い合う人達。
母親に催促され、ワヒドはお祝いのお裾分けにお菓子を買い、看護師らに配る。後ろ姿で表情の見えないワヒドの脳裏に甦るものもあったろう。

彼の背後から足音のような音が聞こえてくる。それは、冒頭近く、修理工場で聴いた癖のある足音に似ている。硬直したワヒドは振り返る事もできない。
エグバルの涙も謝罪もウソだったのかもしれない。どっぷりとイランの体制に浸かっていた男、その命令のままに拷問を繰り返した男である。
だが、彼の妻と子の命を私は救い、彼はあんなにも感謝していたではないか。

ワヒドの後ろ姿を映す長いショットで、映画は何も説明せずに終わってしまう。
それは、ワヒドのトラウマが呼び起こしたただの幻聴だったかもしれない。

ワヒドの後ろ姿に固定される直前、カメラは遠くに白い車が停まっているのをほんの僅かの時間捉えていた、…ような気もするのだが、それがエグバルの例の車かどうか、確認のしようがない。白い車などいくらでもある。
イランがどんな国だったか、観客はそれを想い起し、近づきまた遠ざかる足音の訳を考えねばならない。


監督・脚本 ジャファール・パナヒ
脚本 ナデル・サイヴァル,シャドメール・ラスティン
撮影 アミン・ジャファリ
美術監修 パナー・パナヒ
編集 アミル・エトミナン

出演 ワヒド・モバシェリ,マルヤム・アフシャリ,エブラハム・アジジ,ハディス・パクバテン,モハマッド・アリ・エリヤスメール 他

受賞 カンヌ国際映画祭パルム・ドール,全米映画批評家協会賞脚本賞,他41の賞

2025年/フランス,イラン,ルクセンブルク
イランの名が書き加えてはあるが、出資した訳はない。無論本国では上映されてもいない。
 
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年07月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031