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2026年02月24日21:47

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富士山静岡交響楽団定期演奏会~シューマン ピアノ協奏曲/鈴木愛美 他��

2.23(月)、アクトシティ浜松中ホールで行われた富士山静岡交響楽団第135回定期演奏会を聴く。
当夜のメインは何と言っても、鈴木愛美によるシューマンのピアノ協奏曲である。

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プログラムは以下の通り。
 指揮 高関健
1)ストラヴィンスキー 弦楽のための協奏曲ニ長調
2)シューマン ピアノ協奏曲イ短調Op.54
 ピアノソロ 鈴木愛美

 〜休憩〜

3)チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調Op.36

1)の〈弦楽のための協奏曲〉ニ長調はイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)が1946年、滞在中の米国で作曲した作品。
あまり演奏される事がなく、興味深く聴いた。
委嘱したのは指揮者パウル・ザッハー(1906-99/スイス)。彼が率いるバーゼル室内管弦楽団の創立20周年を記念するためだった。その経緯から、本曲は《バーゼル協奏曲》と呼ばれる事もある。

ストラヴィンスキーはバレエ・リュスの主宰ディアギレフの委嘱を受けて《火の鳥》(1910),《ペトルーシュカ》(1911),《春の祭典》(1913)の三大バレエ曲を作曲した。この3曲を含む時代を「原始主義」の時代と呼ぶ。

その後バレエ音楽《プルチネッラ》(1919-20)から、ストラヴィンスキーの作曲は「新古典主義」の時代に入る。
第1次世界大戦でヨーロッパは近代兵器により膨大な死傷者を生み、人々が新しい秩序と均衡を求めるようになったのがその背景にある。ロシア人にとっては1917年の十月革命が大きく、ストラヴィンスキーは故国の土地を革命政府に没収され、1920年からは主にフランスに住んだ。1934年フランス市民権。
1920年代と30年代に合計3度渡米、第2次大戦開始後の1939年からはアメリカに留まり、同大戦が終わる年には米国の市民権を得る。

それ迄否定的だったシェーンベルクが1951年に没すると、ストラヴィンスキーは「セリー(12音技法)主義」の時代に入る。

この日演奏した〈弦楽のための協奏曲〉は新古典主義の時代の作品という事になる。
以下のように急緩急3つの楽章でできており、構造はバロック的古典的である。

・第1楽章 ヴィヴァーチェ
生気溢れる3拍子の動的走句の連なり。
ヴァイオリンにニ長調とチェロにニ短調が入り混じる複調で、ファの音で言えば#と♮が同時に奏され、拍頭のアクセントのズレもあって落ち着かない。

・第2楽章 アリオーソ、アンダンティーノ
意外にもウィンナワルツ風の詩情溢れる歌謡的な緩徐楽想。

・第3楽章 ロンド、アレグロ
16分音符のせわしない半音階的な複調の展開。
各楽章の所々で、第1ヴァイオリン×2、ヴィオラ×2、チェロ×2本がそれぞれソロを掛け合い、バロックの合奏協奏曲的な妙味を味わう事もできた。

(続く)
 
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