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2026年02月20日13:00

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田沼蕎麦、田沼街道~��

昼食には旧相良町の「壽亭(ことぶきてい)」に行こうと思っていた。下調べによると、明治創業の老舗で「田沼蕎麦」が名物だと言う。田沼家の家紋「七曜紋」の漆の器を使った天ざるを提供するとの事。
だが、残念ながら、当日は定休だった。
やむを得ず、近くにあった「おばたや」寿司店に寄り、「しらすねぎとろ丼」を注文。
これはこれでなかなかの美味で、満足した。980円。

店内でスマホのGooglemapを調べると「田沼街道起点」と標された箇所を見つけて、興味をそそられた。
相良港に注ぐ萩間川(はぎまがわ)の湊橋のたもとにその道標はあった。

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この裏手に意次が築城した相良城(*)の跡があり、今は牧之原市役所や相良小・中・高校などになっている。
萩間川は相良城の外濠の一部として利用されていた。

 (*)1758(宝暦8)年 意次相良藩主就任。
  1767(明和4)年 幕府より築城許可。
  1768(明和5)年 着工。
  1780(安永9)年 竣工。
  1786(天明6)年 意次失脚。
  1788(天明8)年 相良城破却。

田沼街道は相良城下の湊橋のたもとから静波沿いに北上し、次第に内陸に入って榛原、吉田、そして大井川にぶつかると「小山前の越場」で川を渡り、焼津市上新田で東名高速を潜る。
そして、新幹線、JR東海道本線の高架下を進んで、藤枝市田沼、勝草橋迄、凡そ28kmの道程である。
下はそのイメージ。
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公には、大井川は上流の島田宿と金谷宿の川越しか認められておらず、この街道が整備されて、養蚕や製塩業、瓦製造等殖産興業と相まって、商人,職人らの交易の便は向上した。

その昔の田沼街道の賑わう様子をを想い浮かべつつ、牧之原市役所に隣接する牧之原市史料館を訪れた。
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入口には2021年に完成した田沼意次の銅像。(バックは相良中学校。)
狩衣に「七曜紋」が見える。
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1階2階の展示は、終わったばかりのNHKの大河ドラマを材料に、田沼意次と田沼家の歴史、相良藩政、寛政の改革、様々な人間との関係など、興味深く見て回った。入館料220円。

2.18の最後は、意次が城と伴に整備した相良港へ。
萩間川の左岸は埋め立てによって河岸が造られ、江戸・大坂間を航行する船が寄港できるようにし、河口両岸には商家や荷物倉庫、田沼家の米蔵が並んでいたと伝えられる。
昔日の繁栄を想いつつ、防波堤から北東を眺めると、強風の向こう遥かに富士山が見えた。

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〈参考資料〉
『相良藩主 田沼意次(改訂版)』
 編集 牧之原市教育委員会
 発行 初版2013年、改訂版2023年、牧之原市教育委員会
 
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