『聖書の有名な愛の章、コリント人への第一の手紙十三章を抜粋してみます。
<愛は寛容であり、愛は情け深い。また、妬むことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、苛立たない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、全てを忍び、全てを望み、全てを耐える>
ここを読む時、試みに
「愛」という言葉の代わりに「私」という言葉を入れて読んでみると良い、とわたしは信仰の友に教えられました。つまり、
<私は寛容であり、私は情け深い。また妬むことをしない>
という具合に読むわけです。
<私は自分の利益を求めない、私は苛立たない>
とは到底言えない自分を、厭でもわたしたちは見出すはずです。
こんなにも「私」という言葉の、座りの悪い文章はないのではないか。
「愛」という言葉の代わりに「私」という語を入れ替えることの出来ないことが、わたしたち人間の愛が、どんなにちっぽけなものであるかを物語っています。』
(三浦綾子『さまざまな愛のかたち』より)
ログインしてコメントを確認・投稿する