葉っぱを見ると、みんな広がっていますでしょう。タンポポにしても何にしても、みんな葉っぱが広がっています。みんなで同じ光受けようね、雨を受けようね―という感じで広がっています。それこそ弱肉強食なんかじゃないですよね。(三浦綾子対話集2)
2016年12月29日付東京新聞22面の記事−「平和」見つめ直す時−にちいろば先生こと榎本保郎牧師の義理の弟に当たる後宮俊夫(うしろく としお)さんのコメントが掲載されていましたので、ご案内します。−−−−−−−−引用開始−−−−−−−− 戦艦「霧島
「自分の得をするようなことに出会った時は、人間試される時だと思う。得をしたと思って喜んでいたら、大いに誤るということがある。」(三浦綾子『銃口』)
祈りというのは、たいていは人のいないところで捧げられるわけだから、人のいないところで人の悪口いうというようないじましい生き方じゃなくて、陰でその人の幸せのために祈るという生き方、そういう友情とか愛情をもてる人間でありたい。(三浦綾子『銀色
「生きるというのは、権利ではなく、義務ですよ」と教えてくれたのは、幼馴染みクリスチャン前川正だった。生きるより死んだほうが楽な状態において、「生きるのは義務だ。義しい(ただしい)務めだ」と言われた時、わたしははっと立ち直らせられる思いだった。
「おもしろいものだね。あくせくして集めた金や財産は、誰の心にも残らない。しかしかくれた施し、真実な忠告、あたたかい励ましの言葉などは、いつまでも残るのだね。」(三浦綾子『続・氷点(上)』)
私たちは許しあわなければ生きていけない。そういう人間であることを認識する、それがとても大事なことだと、最近特に考えていますね。だから、人のしたことをいろいろ批評する前に、人間なんだもんな、という一つの共感を持って、そしてわかってあげられるよ
私たちは、自分ではかなりやさしいつもりであっても、親切なつもりであっても、意外に人の心を傷つけて生きているものだ。(三浦綾子『天の梯子』)
三浦綾子記念文学館 2016年12月22日(水)から今日の言葉の不定期配信開始記念文学館の難波真実事務局長と長友あゆみ職員が三浦綾子のことをゆるーくしゃべりますここでお聞きくさいませ。 ↓https://www.youtube.com/watch?v=xfVsdUy9YxQ&feature=youtu.b
私たちが失敗するのは、危険な時や、危険な所より、安全と思われる状況の中であやまちを犯す。例えば病気になって、高熱を出している最中は、言われなくても床の中に、じっと安静を守っている。が、熱が下がってほっとしたところで不用心になり、余病を併発し
新版 銀色のあしあと三浦綾子 星野富弘 作家三浦綾子が花の詩人星野富弘を訪ね、美しい自然のなかで語り合う。多くの読者の心をとらえた不朽の名対談の新版。絶望の淵から希望を見出し、多くの作品を生み出してきた二人の言葉は、今も変わることなく深く胸
自分の死ぬ時だって、神は最もよい時をえらんで下さるにちがいない。死に方も、死に場所も、わたしを愛して下さる神は、わたしのために一番よいようにしてくださるのだ。(三浦綾子『生きること思うこと』)
人生というのは すべて、 待つ時間に熟して 行くのだといった。 待つということは 明日を信じることであり、 明日に望みをもって 生きることでも あるといった。 (三浦綾子『果て遠き丘』)
自己中心でない人は一人もいない。ひとりの人間がこの世に生きて行くためには、自分が自分を大事にすることはまさしく必要である。 だが、この「自分を大事にすること」と「自己中心」とはちがう。この自己中心を推し進めて行くと、「人はどうなってもかまわ
『傷痍無き人生は恥』せいいっぱいに生きて受けた傷、愚かなゆえに受けた傷、その傷は人間の印ではないだろうか。(三浦綾子「雨は明日晴れるだろう」より)
私はよく思うことがある。もし自分の命があと一年とわかったとしたら、人はどんな生き方をするだろうか、と。どうしてもしなければならないことと、してもしなくてもいいこととのけじめができていれば、私たちは先ず必要なことのために時間を使うことができる
人間ってね、間違ったことでも熱心になることができるものなんですよね。時と場合によっては恐ろしいことだと思います。(三浦綾子『丘の上の邂逅』)
あいさつとは「心をひらいて迫ること」だそうだ。迫るとは近づくことだ。心をひらいて人に近づくのは、人間としての基本的なあり方である。(三浦綾子「」孤独のとなり」)
傍目八目(おかめはちもく)という言葉がある。傍の人が当の本人の気づかぬ、八目先を読んでいるということである。それほど人のことというものは、人間は冷静に判断できるものなのだ。その人自身も、自分のこととなれば、他の人より八目劣るにちがいない。(
愛のある人の言動は、礼儀にかなっている筈である。四角四面に頭を下げるのが、礼儀とは限らない。ていねいな言葉づかいだけが礼儀ではない。(三浦綾子『孤独のとなり)』)
「人はわたしを誤解している。だれもわたしを理解してくれない」という言葉を聞く。が、実は自分を一番理解していないのは自分であり、一番誤解しているのは自分なのかもしれない。(三浦綾子『忘れてならぬもの』)
誰かの言葉に、「恩返しをしたと思うことほど、忘恩はない」 という言葉がある。この言葉を知った時、私ははっとした。恩というものは、返すことなどできるものではないのだ。恩というものは、身に沁みて深く感ずべきものなのだ。そう簡単に返すことのでき
私たちは、どんな人も、その人の人生においては、その人が主人公、自分自身が主人公だと思うのです。この地球が始まって以来、地球が終わるまで、私と、あるいはあなたと同じ人は、絶対にこの世に現われません。あなたと同じ人は一人もいない。あなただけしか
12/01 07:00、12/01 18:43 更新どうしんウェブ情報です。 旭川市出身の作家三浦綾子さんの生涯や作品の魅力を分かりやすく伝えるため、三浦綾子記念文学館(同市)は来年度、写真や朗読、音楽で紹介する「ミニシアター」を始める。来年4月から月1回実施予