わたしたち人間は、それぞれに、どんでん返し的意外性を持っている。だが、そのみにくさ、弱さ、すべてを含めてご存じの神に、まったくよりすがるということが、何よりも大事なのだ。人はどんでん返しに驚くが、われらを造られた神は、初めからお見通しなので
(黒柳)朝さんの本に、「すばらしいものはみんなタダ。愛情、太陽、空気、水、勇気、信じること、情熱、好奇心・・・・・・」とあったのを思い出す。すばらしいものが、すばらしいものとわかること、これは実に私たち人間にとって稀有のことなのだ。何が大切
どんなに丈夫な人でも、どんなに裕福な人でも、どんなに頭のよい人でも、どんなに幸せな人でも必ず死ぬ。 その死は、人間にとって、それこそ、最後の「義(ただ)しい務(つとめ)」なのだ。八十になり九十になって、この世に充分功績を残したからといって「
人生は選択なのだ。進学、就職、結婚等々、次々に重大な選択を迫られる。その時、私たちの選択 の基準が、みんなに笑われるとか、叱られるからとか、流行だからというようなことに置かれるとするな らば、自分自身の人生を放棄することにさえなる。(三浦綾子
よかれと願ってしたことが裏目に出たり、のがれ得たと思った途端、また別の難に遭ったりすることは、意外と多いものである。人間の知恵には限界があって、自分の未来の見通しは立たぬものだ。(三浦綾子『旧約聖書入門』)
なぜ紅いナナカマドも 緑濃い針葉樹も 空に向かって 立っているのですか 人間もまた 空に向かって 立っているべきなのですね でもなぜか うつ向いて 天を見上げようとは しないのです(三浦綾子 『祈りの風景』より
希望を失っちゃ駄目です。だから、「あの人は駄目よ」と言ったら駄目になります。「あなたが本当に大事なのよ」と言って、私たちは生きなきゃならないと思います。私たちと同じ人間は、地球が始まってから終わるまでいないんです。あなたと同じ人間がこの世に
私たちは「愛を追い求める」ということを、「愛されることを求める」ことであると、まちがってはならない。「愛を追い求める」とは、人を愛する自分でありたいと願うことであり、祈り求めることである。(三浦綾子『明日のあなたへ』)
自分だけが中心の生活をしていると、自分だけに太陽の光が注ぐことを望むような、吝(けち)な根性になるのではないか。そして、それはそれだけの貧しい人生でしかない。豊かな人生、それは相手のことを思うことのできる人生である。(三浦綾子『忘れえぬ言葉
人間ってね、間違ったことでも熱心になることができるものなんですよね。時と場合によっては恐ろしいことだと思います。(三浦綾子『丘の上の邂逅』)
自分をいとおしんで欲しいのです。愛して欲しいのです。自分を正しく愛することが多ければ、人を正しく愛することも多くなると思います。(三浦綾子「藍色の便箋」)
人間は弱いものだ。たった一人の人の優しさにでも触れることができたなら、侘(わび)しい人生が次第に喜びの人生へと、変えられていくのだ。葉書一枚を書くことによって、何が起きるか、今すぐペンをとって見ようではないか。(三浦綾子『明日のあなたへ』)
「人が死んで、後に残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」というジェラール・シャンドリーの言葉があります。多く集めた人が、歴史に残るのだと思って胸像やなんか建てたりしますけれども、やがて時が経つと、けとばされた
人間という者はまことに複雑なものだ。信じてるといいながら、実はどれほど疑っているかわからないし、愛しているといいながら、実は何を思っているかわからない。 (三浦綾子「愛すること信じること」)
テレビ番組を見てもいつもそう思うんですけれども、あした何時何分に何がここでなされるというふうにつくっていって、埋められていくわけでしょう。それがいつしか人間の一つのさがになってしまって、習い性となってしまって、自分自身のあしたもそのように、
書かれた字や言葉さえ誤るわたしたちである。日常生活の中で、他の人の表情、そぶりを、自分の先入観念や偏見によって、意外な誤解をして暮らしているかも知れない。とにかく、人間が誤りやすいものであることを自覚することは人生にとって非常に大切であると
無関心ということは、何と恐ろしいことだろう。つい、目と鼻の先の出来ごとであっても、関心を持たぬ限り、それは遠い世界の出来ごとである。この無関心はわたしの持つ大きな罪悪の一つのように思われる。(三浦綾子『石ころのうた』)
私たちのほうから挨拶してみませんか。「お元気ですか」 とこちらから先に声をかけてみませんか。誰もがそれを望んでいるのです。人が悪意を持っていると感ずる時、大ていの場合誤解が多いのです。(三浦綾子『風はいずこより』)
お互いはお互いの鏡です。こちらが冷たい顔をすれば、相手も敏感に感じて冷たくなります。心の底からにっこり笑えば、相手もそのあたたかさに感じて、微笑を返します。よほどのへそ曲がりでない限り、人間というものは、そのように反応し合うものだと、私は思
三浦綾子原作『細川ガラシャ夫人』上演に向けていよいよ始動!!----------以下劇団アドックの伊藤豪さんのコメント----------一昨日、ドアを開けました。中に入れてもらえるか・・・三浦綾子原作「細川ガラシャ夫人」脚色開始です。妻木熙が明智光秀に嫁ぐあ
どうか先ず、自分自身を謙虚に見つめ、心を豊かに育てて下さい。すると語るべきこと、語ってはならぬことが、おのずと分かって参ります。たくさん語らなくてもよいのです。わからないことは語らなくてよいのです。自然な自分の姿のままでよいのです。(三浦
「何が起こるかということに重点を置くのではなくて、何が起きようと、とにかく、いかに生きるかという、生きる姿勢に重点を置くべきだ。」 (三浦綾子『残像』)
「人はわたしを誤解している。だれもわたしを理解してくれない」という言葉を聞く。が、実は自分を一番理解していないのは自分であり、一番誤解しているのは自分なのかもしれない。(三浦綾子『忘れてならぬもの』)
人生順調な時があり、不遇な時がある。不幸に見える時があり、幸福に見える時がある。 いずれにしても絶望する必要もなければ有頂天になる必要もない。いつの日も光は私たちのすぐ隣りにあると信じたい。(三浦綾子『小さな一歩から』)